一時間で書く お題 眼帯
眼帯
「ねー、目、どうだった?」
坂道を自転車を押して歩く俺の隣から、高い声がする。
「一応なんともないってさ。ちょっと腫れてるだけだと」
「ふーん」
眼帯で見えづらくなった片目――右隣りを向くと、興味なさそうに前を向いた幼馴染がいた。
まとめた長い髪を上下させながら、手ぶらで坂を登っている。
一応声はかけてるから多少の心配はしてるんだろうけど、生返事がすぎる。
目のケガをした時――いつものように帰ろうとしていた矢先に、飛んできたボールが当たった時だって、腹抱えて笑いやがって。
こいつはほんと俺のことなんだと思ってんだよ。
呆れて肩を落としていたら、右肩を軽くたたかれた。
「何だよ――」
振り向くと、頬に抵抗。人差し指が刺さっていた。
「ふふ、バーカ」
「お、お前な……」
いま俺の右側は死角になっている。自転車をひいているから両手もふさがっているし。
だいたいその自転車のカゴに、お前のカバンもいれてやってんだぞ。
開いた片目でにらみつける。
「ごめん、ごめんって~」
両手を合わせて軽い謝罪。このパターンは反省してない。
「ったく。ケガしてなきゃチャリ乗って帰ってたのに」
「そうだよ。私のせてもらえないじゃん」
「お前が漕げばいいだろ」
「えー。やだ」
「こいつ……」
好き勝手言う。
ま、俺もこんな程度で目くじらを立てやしない。こいつと一緒にはいたら、これくらいは普通。日常茶飯事。
イラついてたら、またからかわれるに決まってんだ。
「ね、ちょっと待って、アレ。右の」
声と同時に腕をたたかれた。
「ん? 右――?」
右頬にまたも指が刺さる。
「あはははははは!」
「て、てめ……。眼帯に指刺さったらどうすんだよ」
「悪かったって~。……あは、あはは」
いつもこうだ。
毎度毎度、俺をからかっては笑いやがって。
俺は少し、歩くペースを早くした。
じわじわと熱い照り返しが、坂になったアスファルトからも注ぐ。
「暑いねー」
「……」
無視しよ。
「あのさ……」
「……」
何を話されても無視だ。
こちとら眼帯のせいで余計に暑い。
こいつもちっとは静かにすりゃいいんだ。
そうすりゃもっと……。
「ねー」
「……」
もっと、なんだ?
からかわれて、思考まで熱くなってんのか。
「……」
ついに周囲の音は、ジワジワうるさいセミと、時折横切る車の音ぐらいしかなくなった。
これでいい。
だいたい、いつも無駄話がおおいんだ。ほとんど一緒に帰ってて、話題がそうポンポン出てくるわけないし。
「……」
「……」
沈黙が続く。
俺が喋らないとこんなもんなのか。いつも放っておけば、なんだかんだと喋り始めるから少し新鮮な感じ。
「……」
「……」
喋らないな……。
いや、ちょっと待てよ。
まさか今とんでもないイタズラしようとしてるんじゃないか……。
……こいつならあり得る。
よし、不意を突いて俺から振り向いてやる――。
「えっ――」
「わっ――」
俺が振り向いた先には、目。
意外に長い睫毛と、驚いて見開かれた――綺麗な茶色の二つの瞳。
少し丸いのを気にしていた、小ぶりの鼻。その下の小さな唇が、半開きになっている。
――なんでこいつ、こんな近くに。
「ちょ、お前、なにして……」
「……なんでもない」
そう言ったきり、お互い話さなくなってしまった。
さっきとは違う緊張の中、無言の帰り道が続く。
今日は、やけに暑い。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?