一時間で書く お題 窓際

 目が覚める。

(あ、やべ)

 右奥に広がる黒板の数式が、自分の記憶よりも多く書かれていた。

 少し寝てしまっていたらしい。

 教壇の数学教師は、多く喋らず、チョークで図形を描いていた。

 首をめぐらす。
 隣の男子生徒は俺と目が合うと、何事もなかったように視線を前方へ。
 寝てる俺に気づいて起こしてくれればいいのに。

(まあでも、そんなもんか)

 大してしゃべったこともない俺にそんな義理、ないか。
 曲がりなりにも進学校。授業中に寝てる俺が悪いってことか。

 不満でもないが、少しため息が出る。ふと左手の窓から外へと目を移した。

 夏の太陽を受けた真っ白なグラウンドには、誰ひとりいない。

 特に感慨もなく、ノートに向かった時。

 視界の端で捉えたのは、何かの、布――?
 淡い色の布が、窓の外を泳いでいた。

 これ、スカーフ?

 女子生徒のものだ。

 周りを見回す。
 全員が、黒板と自分の机を交互に見ていた。

 見間違いかと思い、また視線を外へと戻す。
 今度は、紺色の布のようなものが、目の前を落下していた。

(制、服……?)

 誰も気づいていないのか。俺は慌てて隣に小声で話しかける。

(おい、今の見たか)

 だが、怪訝そうに一瞥するだけ。なんだよこいつ。

 でもアレが制服――スカートにみえたけど――そうだとしたら、誰かが屋上にいるのか……。

「先生、その、具合悪くて……」

 気が付くと俺は、手を挙げていた。一人でいけるか、という教師の声に、大丈夫ですとだけ言い、教室の扉を開いた。

 走るわけにいかず、しかし気持ちは急いている。

 小声となった各教室の授業を、邪魔しないように早歩きで進んだ。
 
 階段。保健室に行くには降らないといけないが、俺が目指すのは上。
 一段飛ばしで登りついた先、屋上への扉がある。

 普段解放されていないその扉に、施錠はされていなかった。

「マジかよ」

 重い扉を押し開く。

 熱気と、水気を感じる風と、目をふさぐ太陽光が迎えた。
 思わず閉じた目をゆっくりと開ける。


 その先には、空の青。

 あたりを囲んだ金網。

 そして、一対の――上履き。

「うそ、だろ……」

 階段を上がり、外の熱に触れ、少なからず上昇していた体温が、一気に下がった。

 ふらふらと金網のほうへと足が向かう。
 スカーフや、スカートは、助けを乞うサインか何かで。
 だから、俺が屋上に来る間に、飛び降りて――。

「……来たんだ」

 金網にてが触れたときだった。
 後ろから声がかかる。

「……ふふ、あはは!」

 笑い声。女子の声。

「どう、したの?」

 そこにいたのは、体操着姿の女の子。

 別のクラスで、みたことがあるような。ないような。
 少し長い髪を後ろでまとめ、風に送られている。

 声が出ない。からかわれた、のか……?

「……ね。生きてて、がっかりした?」 

 夢なのかもしれない。
 目が覚めれば授業中なのかも、と。

 ただ、俺は気づいてしまった。

 強く照り付ける日差しの中――、そう言って笑うその子の目が、少し腫れていたことに。

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