一時間で書く 食欲の秋
先日にじゃがいもを植え終えた畑を横目に、青いコンテナを持ち上げる。
「重いな……」
中身はカボチャ。ごろごろとした緑色の野菜は、水分が多いためか数が揃うとなかなかに重量がある。
肌寒くなったとしても、身体を動かせばそれなりに汗はかく。気持ち悪さはそこまでないが、慣れない農作業で土も被ってしまったので風呂に入りたい。
舗装されてないあぜ道をえっちらおっちら歩いていると、間延びした声が聞こえてくる。
「よっちゃ~ん、ありがとうねぇ」
バタバタと歩いてるのか走ってるのかわからない足取りで俺によってくるのは、エプロンを付けた同級生の女の子。
「いや、これくらい、どうって、こと、ねえ」
息も絶え絶えだが意地で歩く俺に、女の子はどういうわけかニコニコと笑う。
「男の子やねぇ、すごいねぇ」
「気が散るから、ばあさんみたいな喋る方やめろ、ユリ」
孫を見るような目で俺を見ながら、女の子――俺の幼馴染であるユリが「おばあちゃんいわんでよ~」と抗議をしていた。
「よっちゃん汚れたねぇ、お風呂沸いとるし入り~」
「あ、ああ」
お風呂、という言葉と同時、ユリから香ったシャンプーの匂いに少し硬直する。
俺、こいつの入った後の風呂に入る、のか。
「? ごはんもうできるし、はよ入りよ~。タオルとか置いとるで~」
しかしさっぱりしたい気持ちもあるし、疲れた体で自分の家に帰るのは割と時間もかかる。
俺は、不思議そうに覗き込むユリを追い払い、ひとの家の風呂場へと向かう。
田舎ってのはなんでこう、他人との距離が近いのだろう。
同い年の女子の入った風呂に入る何とも言えない気持ちの整理を諦めつつ、服を脱いで湯船に浸かった。
「あぁ~」
今夜は、遠い親戚にあたるユリの母親と俺の母親が出かけて御飯を食べに行くらしい。そこで、俺がユリの家でメシをいただくことになっていた。その代わりにと、農作業を少し手伝っていたわけだが。
何時間とはいえ、年頃の娘と息子をいっしょの家に置いて出ていくかね……。
しかし、変に緊張するのもシャクに思い、すぐに風呂から上がる。それに、ユリの家の親父さんもこの後帰ってくるわけだし、ずっと二人きりってわけでもないし。
顔をぴしゃりと叩き、何故用意されていたのかわからない新しいパンツとシャツとスウェットを身に着けてリビングへと向かった。
「ちょうどよかった。今用意できたとこ、食べよ~」
「わりいな」
エプロンを取りながら、いつもより緩くなった顔のユリが、ご飯をよそって渡してくれた。
テーブルに並んでいるのは、さっき運んでいたのと同じ、カボチャを使った煮物と、それを使ったポタージュ。近海で取れたイカと玉ねぎのマリネ。そして俺の好物のから揚げ。
「すげえ。これ全部作ったのか」
「うん、そう」
そういうユリは、ゆるい顔をほんのり赤らめている。どうしたんだ。
「みとらんで、はよ食べてよ……」
「あ、うん」
から揚げを口に運ぶ。味のついた衣と、ふわりと薫るショウガとニンニクの匂い。絶妙な加減の肉の柔らかさと歯ごたえ、ジワと滲む肉汁が舌に絡みつき、すぐにでもご飯を口に入れたくなった。
「う、うま」
「ほ、ほんま?」
声にうなずきで返しながら白米をかきこむ。これはなかなかに旨い。
続いてカボチャを口に入れる。甘さと醤油の香りと、ホロホロと口に残りつつもとろけるカボチャの舌触り。やばい、箸がとまらない。
「あ、これ、サツマイモか」
「そ、こないだ掘ったやつ」
落ち着くために飲んだ味噌汁には、甘みの多いサツマイモが入っていた。俺これ好きなんだよな~。
「ユリ料理うっまいんだな!」
「ほんま? おいしい? よ、よかった~」
何故か胸をなでおろして息を吐くユリ。いやマジでこれすげえうまいぞ。
「よっちゃんの好きなもの、おいしく作りたかってん……」
「お、俺の為にって、こと?」
そんなことを言うユリに、なんだか胸が熱くなってしまった。
「よっちゃん、なんかな、あのな?」
するとユリが突然下を向いてうつむいてしまった。しかし、しばらく待っても声が聞こえない。
「どうしたんだよ、言えよ」
「や、そのな、今これな……」
俺が促しに、持っていた箸をうろうろさせつつ。
「し、新婚さんみたいやなっ……て」
上目遣いに俺を見た。
「お、おま――」
この間から妙に意識してしまっているので、そういうこと言うのやめてほしい。ほんとに。
「あ、でもお父さんもそろそろ帰ってくるからね! 今だけやし――」
汗をかいて慌てるユリの傍らで、突然携帯電話が鳴った。電話の相手の表示に、俺は心臓がとまりそうになる。
「お、お父さん、どしたん」
『おかあと一緒に俺も飯食ってくるから俺の分は冷蔵庫いれといてくれ、すまんの、ほんなら』
ユリの親父さんは、こちらまで聞こえる声で話すと一方的に通話を切ってしまった。
「えーっと」
「これ、うまいな……」
「あ、うん。おいしいね」
「いくらでも食べれるなぁ」
「あ、ありがとう……。よっちゃん、あの、おかわり、いる?」
「お、おう」
ぎこちない会話を続けながら、夕食を食べていく。
暗くなった窓の外からは、鈴虫の鳴き声が大きく響き始めていた。
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