一時間で書く お題 ぬいぐるみ

 ぬいぐるみ
 
 俺は、間違えたかもしれない。

「先輩、これ、受け取ってください!」
「あ、ああ。ありがとう篠田くん」

 人生には選択肢がある。

 例えば今――昼休みの中庭で、目の前にいる後輩の女の子が差し出すこの包みを『受け取らない』という選択が、あるはずだ。

「え、えと。今日って何かあったんだっけ?」

 だが、しかし。疑うことを知らないような、綺麗な瞳で俺を見るその子は、さも当然のように答える。

「やだなぁ。先輩とお話しして、今日でひと月じゃないですか。記念日、です」

「そ、そうだったっけ……、ありがとう……」

 そんな記念があれば、そろそろ俺の親は破産する。しかし突き返すことが選べず、差し出された大きな包みを手にとってしまっていた。

 ひと月、か。

 学校の中庭で一人で昼食をとっている俺に、この篠田、という女生徒が話しかけてきた時から、もう一か月も経ったのか。

 なんてことはない。落とし物をしたというので手伝っただけ。もちろん、篠田くんのかわいらしい外見が、冴えない俺にとって眩しかったのはある。
 肩までかかった栗色の髪。それをかけた耳には、少し度のきつい眼鏡。

 一見地味そうな見た目に見えるが、愛嬌のある顔をしているとその時思ったものだ。

 そして、一緒に草むらを探すとき、どきどきしながら彼女を盗み見ていた。
 背は低いのに、育つところが育っていると、俺は気づいてしまったのだ。男のサガというものは、どうしようもない。

 手伝ったその日から、自分に縁のない後輩から毎日声をかけられている。
 それだけだったら、ただの自慢話なんだが……。

「開けないんですか?」

 下から覗き込むように見る仕草と、その下にある、大きな胸――。

「あ、ああ。大きくてびっくりしちゃって」

 いかん、いかんぞ、いつもそうやって煩悩に支配されているんだ。

「早く開けてくださいっ」

 笑顔が、まぶしい……。そして跳ねないでくれ、見ちゃうから……。

 押しに弱いというのはもちろん当てはまる。さらに圧が強いというのは篠田くんに当てはまるだろう。
 相乗効果で俺はほぼ言う通りに動いていた。

「な、なにかな~」

 包みから現れたのは、三十センチほどの大きさのぬいぐるみだった。人間の女の子の形。
 そのぬいぐるみは、ちょうど目の前の女生徒と同じような服を着ている。

 そして、眼鏡をかけていて――。

「これ、なに、かな?」

 思わず質問する。

「先輩の為に、いっぱい使いました」

「……何を?」
 気づいてはいけない。
 そう思っていたんだが。

 彼女の肩までかかっていた髪が、少し短くなっている。

 そしてどことなく、このぬいぐるみについている栗色の髪は――。

 拒否をするんだ!
 はっきりイヤだと言うんだ!
 
 どう考えても想いが――。

 拒否しようと彼女のほうへぬいぐるみを渡そうとした。しかしその手を、両の手を優しく包まれる。

「私、一生懸命、作ったんです」

「じ、自分で作ったんだぁ、す、すごいなぁ……」

 想いが、重い……。

 メガネ越しに見える潤んだ瞳。そして手の柔らかさを感じ、俺はぎこちなく笑った。

 別に篠田くんが嫌いなわけじゃない。
 そうじゃないんだが、その。

「それ……『私』だと思って『一生』大事にしてくださいね」

 怖い時があって……。

 俺は間違えたかもしれない……。

 だがそれと同時に、毎度思うことがある。

 俺の冴えない学生生活に――いやこの先一生、こんなにかわいい子が話しかけてくれることが、あるのだろうか。

 こんなに俺のことを大事に思ってくれる人が、この先現れるのだろうか、と。

 騙されているのかもしれない、と何度も思った。
 だけど、疑うことで、彼女とのつながりが消えるのも怖くて――。

 もやもや考えているうちに、俺はそのまま、そのぬいぐるみを受け取ってしまっていた。

 学校終わりに塾へ行き、すっかり遅くなった帰路。
 篠田くんからいつものように連絡が入っていた。

『今日は何時に帰りますか? 飾ってくれました?』

 矢継ぎ早の質問を返しているとすぐに家に着く。
 どうにもこのやり取り、少なからずうれしい自分がいるのは確かだ。

 帰ったことを家族に告げ、ゆるんだ頬のまま自室へ。
 ぬいぐるみを取り出し、携帯と一緒にベッドの上に置き、服を脱いだ。
 
 大きな女の子のぬいぐるみが、こちらを向いていたことに気づく。
 なんだか篠田くんに見られてるような気がして、気恥しくなった。

(ちょっと今だけ向きを変えとくか)

 パンツ一枚のままで何してんだろうと思うが、なんとなく、ね。

 ぬいぐるみを触るようにベッドに手をついた時、携帯が振動した。目だけでそれを追うと、一言だけ、メッセージ。

『先輩、わりと派手な下着を履くんですね♡』

 確かに俺は、今、赤いパンツを履いて――。

 戦慄のままにぬいぐるみを手に取る。そのくりくりとした黒い瞳は、なぜか機械的で――。

「カメラ、ついとる……」

『あ、マイクもつけてありますよ』

 部屋に響く、篠田くんの声――。

「盗聴―!!!」

 俺は、やっぱり間違えてるのかもしれない。

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