うそほんま日記 2020/6/17

 もう書くことがない。
 やっぱり続かない。そんなもんです。

 続かないで思い出すことがひとつ。

 ぼくも昔は習い事なんかをしていた。
 唯一の習い事。
 それはそろばん教室。

 そのそろばん塾を、結果としてやめた。

「おかん、わしもうそろばんやめるわ」

 そう言ったのを覚えている。

 そろばん塾の先生は、母の友人。そして姉の同級生の母親でもある人だった。
 今でいうママ友である。
 そこに通っているのだから、やめるのは具合が悪い。
 それはわかる。

 ちなみに、姉は小学生の間ちゃんと通っていた。
 一日も欠かさなかったと思う。
 姉は真面目な人間だからだ。

 ぼくはどうか。

 確かに真面目ではない。今でもそう。

 だがしかし、こちらにも事情があったのだ。
 のっぴきならないやつがあったのだ。

 そろばん塾は週二回。月曜と水曜。19時から21時くらいまでやる。

 その時間、何があるのか。

 そう、御家人斬九朗をやっていたのだ。

 渡辺謙主演の時代劇だ。
 当時ぼくの中で爆発的人気を誇った珠玉の名作だ。
 見るたびに、感動で打ち震えていたのを覚えている。

 ぼくはビデオを撮ってくれと母に頼む。

 しかし母は機械が嫌いなので、撮れている日と撮れてない日が存在してしまう。
 それではダメなのだ。一話たりとも見逃したくはないのだ。

 当然自分で予約することもした。
 しかし帰って見てみたら驚愕する。途中で録画が止まっているのだ。

 何故か。
 当日に母がリモコンを誤って触ってしまい、違う番組を録画していたりしたのだ。

 八方塞がりのまま、1クール目は穴あきだらけで視聴することになってしまった。
 だからぼくは、2クール目が始まることを知ると母に言った。

「わしそろばんやめるわ」
「行きなさい。あんたやりたないから言うとるだろ」
「ちゃう。そうちゃう。そろばんは確かにおもんないけど、そうちゃう」
「ほんならなに」
「わしはもう、斬九朗見れへんのが一番嫌や」

 ぼくは訴えた。真剣に。

「なんじゃそれは。ビデオ撮ったらええ」

 母はキレている。だがぼくは、静かに、粛々と訴えるだけだ。

「予約してもおかんが間違えたわ~とかって言って録画できんかった時が何回あった? わしはな、もう、嫌……見れへんのが嫌……、斬九郎が……見たい……」

 おそらく、泣いていたと思う。
 時代劇が見れないことで、泣きながら震える小学生。

 対して母は「ほんなら勝手にせえ」と呆れていた。


 かくして、ぼくはそろばんを捨て、御家人斬九郎を勝ち得た。
 幸せだった。たぶん泣きながら見ていたと思う。

 当時の母の心中を察すると、めんどくせえ子供だなと思う。

 行けよ。そろばん。

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