一時間で書く お題 祭り

 祭り

 僕は祭りが、嫌いだ。

 まずガヤガヤうるさい。何をそんなに騒ぐことがあるんだ。
 そして、暑い。じめじめした日本の夏は、夜になったからと言って急に涼しくなるわけがない。地熱と湿度で汗が噴き出て不快この上ない。

 あと花火。
 でかい音を響かせて高く飛ぶなんて、目立ちたいやつが好きそうなものだよな。

 昔のパリピが考案したんだ。絶対。

 親から『焼きそば買ってきて』なんて言われなかったら、こんなとこに来てない。
 その親からスマホを人質にとられていなければ、そんなお使い断ってた。

 僕は、夜店が並ぶ通りの前で動かずにいた。

 人、多いな……。

 予想していた通りの人、人、人。
 親子連れ、友達同士、そして若い男女。

 それぞれ浴衣や甚兵衛を着、それぞれ楽しそうに、何かを食べたり歩いたりして笑ってやがる。
 
 僕みたいに、部屋着とサンダルで、汗で湿った千円札だけもってる奴はいない。

 気づく。
 こんな状態、同じ中学のやつに見られたら終わる。

 すぐにでも引き返したいが、スマホは何としても取り返したい。今やってるイベント、走らなきゃやばいんだよ。

 決心し、飛び込む。

「痛っ!」

 足を踏まれた。今踏んだやつスニーカーか? クソ、サンダルでくるんじゃなかった。

 揉まれてどんどん流される。人なんて嫌いだ。みんな同じようにこんなくだらないことにテンション上がりやがって。個性はないのか個性は。

 そのうちに、もう帰ろうかな、という気持ちになってきた頃だった。

「きゃ――」
「あだっ――」

 ごつ、という鈍い音。頭と頭がぶつかったような衝撃に、目に少しだけ火花が出る。

「ご、ごめんなさい」

 咄嗟に謝る。僕が悪いのかわからないけど、口からでちゃったからしょうがない。

 当たった頭をさすりながら、相手を確認すると、浴衣を着た女の子のようだった。
 彼女は、下を向いて止まっている。

「あ……」
 
 つられてみると、そこには今もぶつかってくる人々の足で踏まれてしまった、かき氷のなれの果てがある。赤いシロップと、水と凍りが踏まれてぐちゃぐちゃだ。
 この子の持ってたものが、僕とぶつかって落としてしまったんだと、すぐに理解できた。

「なに突っ立ってんだよ」
 
 すぐ後ろから、強面の高校生?くらいの人にどやされ、僕はすぐにその子の手を取って人込みから離れた。

「え、え、え?」

 女の子の困惑が、声に出ている。ていうか僕、勝手に手さわっちゃった。やばい、手汗、気持ち悪がられる――。

 落ち着けそうなところで、手を放す。

「ご、ごめんなさい」
「あ、うん、大丈夫……」

 さっきは突然のことで、よく見えなかったその子。背丈は僕と同じくらい、

 後ろで結った髪と、白の浴衣が大人びた印象で、年齢は同じくらい、か少し上……? なきがする。

 けれど、少し上向きの鼻と丸い目を、どっかでみたことあるような気がするが、思い出せない……。

 僕がどう声をかけたらいいのかわからないままいると、その子は目を細めて俺に近づいてきた。
 え、え、何?

「片岡、くん?」

「へ? なんで、俺の名前知って……」

 僕の名字を呼ぶその声に、何故か聞き覚えがあった。

「あ、やっぱりそうだ、ちょっと待って」

 その子は、手に持った小さな和紙柄のポーチから、眼鏡をとりだしてかけた。

「な、永井……?」

 同じクラスの、となりの席にいる女子、永井。見慣れた眼鏡姿が笑っていた。

「そうだよ、わからなかった?」

「う、うん」

 どもってしまう。あんまり喋ったことなかったけど、なんで声がうまくでないんだ。

「いつも授業終わったらうつぶせてるから、私の顔覚えてなかったんでしょ」

 いや、そうじゃない。眼鏡かけてないし、いつもと髪型ちがって大人っぽくて、と頭では浮かぶが、やっぱり言葉が生まれない。

 ドン、と大きな音が体に響く。

「あ、花火はじまっちゃった」

 そう言う永井は、腕時計を確認していた。きっと友達ときているんだろう。僕とは違って。

「い、行くんだろ。ほら――」

 永井の手に、湿りきった千円を持たせる。

「え、ええ、なんで」

「俺のせいでかき氷、だめになったから」

 また、花火が響く。申し訳なさそうにしている永井の声は、僕の耳には聞こえなかった。

「いいから」

 ひっこみがつかないまま、ちょっと声を張ってしまう。
 普段聞かないだろう俺の声に驚いたのか、永井は目を見張るが、少し笑った。

「明日、学校でお金返すね」

「あ、いや――」

 いらない。
 そう言おうとした。実際言ったんだけど。

 たぶん聞こえなかったんだろう。のんきな顔をしている。

「わかったから、早くいったら。人待たせてんだろ」

「あ、うん。ごめんね、ありがとう。また学校で」

「あ、うん。また」

 下駄を鳴らして去っていく、永井の後ろ姿。その白の浴衣にあつらえた朝顔のような花が、花火の色で変化するのを眺めてしまい、帰るのが遅くなった。

 親にはお金を落としたと報告した。僕の顔をみて、笑うだけで怒られず、スマホは無事帰ってきた。

 なんだか釈然としない気がして、イベントも中途半端なまま、電気を消したけど、その夜はあまり寝付けなかった。

 やっぱり僕は、祭りが好きじゃない。
 

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