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元祖平壌冷麺屋note(3)

小説を中心とした文章を読むことは、苦ではないし、むしろ読まずにはいられない活字中毒であるかも知れないけど、それでも苦手な文がある。

説明書きだ。説明文とは、分からないものを分かるための文章であるはずなのに、読めば読むほど分からなくなる。

昨日、「未明の設備障害によりVoLTE交換機でトラヒックの輻輳が生じて」いるため、自分の携帯電話を含めた多くの通信ができなくなった。

「VoLTE交換機」とは何なのか、「トラヒック」とは何なのか、そして「輻輳」はどう読むのか。説明する側が、説明を求める側に、それをしようとする意思が認められないだけでなく、煙に巻こうとしているのではないか。

さて「未明の設備障害によりVoLTE交換機でトラヒックの輻輳が生じ」た結果、冷麺屋で何が起こったか。Eさんが店頭に予告なしに現れたのだった。それはどういうことかを、説明する。

Eさんは週に2、3回、必ず事前に電話をかけてくる。
「もしもし平壌冷麺屋です」
「Eです。10分後に」
「分かりました。お待ちしています」

5年以上、例外なく全く同じ注文をお持ち帰りするので、「焼肉丼両方大盛り」というメニューが生まれた。これは、通常の焼肉丼に、ご飯もお肉も大盛りにしたもの。Eさんにちなんで、通称「E丼」とも。

焼肉丼は、炊きたてご飯に、焼きたてのカルビをのせ、仕上げに長ネギと玉ねぎを特製のタレで炒めて、まぶす。700円。創業時から基本的に値上げはしておらず、ほとんど利益にならないので、サービス丼とも呼ばれる。両方大盛は1050円。

初代の言葉(家族が食べて暮らせればそれで良い)を守り続けて80年以上。

平壌冷麺が元祖であることは、屋号にもしている通りだが、焼肉丼も元祖であることは、あまり知られていない。

話を戻そう。Eさんが予告なしに、来店した。これには、店員一同、鳩時計の鳩がそのまま青空に羽ばたいて消えていくのを目撃したくらい驚いた。

店頭で注文を受け、10分ほど外のベンチにかけてもらい、「焼丼両方大盛り」を手渡すときに、尋ねてみた。
「Eさん、もしかしてauですか?」
「そうです」
なぜ、そんなことを訊くのかという表情だったので、説明した。
「未明の設備障害のためVoLTE交換機でトラヒックの輻輳が生じているそうですよ」
Eさんは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。

という訳はなく、実際には「auの通信障害で、電話ができないようですね」と説明した。そうだったんですね、朝からおかしいなと思ってたんですよ。

私たちが文明生活を送っているとすれば、それはふとしたことで、あっけなく崩れ去るのだろう。冷麺屋は、注文はお客さんから直接聞き、厨房に伝えるのは口頭と手書きのメモ、計算は暗算、レジは旧型。

高度情報社会に対するレジスタンスだ。

ちなみに、「輻輳」は「ふくそう」と読むそうです。



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