『学生相談ハンドブック 新訂版』を読む

 すっかり感想が遅くなってしまった。太田裕一先生よりご恵投いただきました『学生相談ハンドブック 新訂版』(日本学生相談学会編, 2020年; 学苑社)を読む。本書は書名から一目瞭然、「学生相談」を包括的に取り扱った文献である。学生相談は、心理臨床で一定層を成す分野であり、独自性を有している、やりがいのある仕事であると思う。

 学生相談に興味や関心のない人たちは手には取らないと思う。しかし、それはもったいないことだと思った。というのも、本書にはその学生相談独自の視点だけではなく、相談業務全般にあてはまる見解も多く散りばめられているからだ。

 本書は「総論」「相談・援助活動」「連携・協働活動」「大学コミュニティのなかでの活動」「学生相談支えるもの」の5部構成であり、全16章から成る。「総論」では「学生相談の現在」や「理念と歴史」、「学生理解の視点」が提示され、学生相談全般の見取り図を得ることができる。学生がどのような構造のなかでどのような体験をしながら生活を営んでいるのか、という視点が抜けていては「学生相談」として成り立たない。学生はさまざまな境遇で暮らしながら学んでいく。そのなかで学業達成や人間関係という「ハードワーク」をこなしていく。それを心理的・教育的・人間的に支援していくのが学生相談であるようだ。

「相談・援助活動」では「見立て」や「相談方法」や「対応の工夫」がそれぞれの章で提示されている。どれも基本的かつ重要な視点だが、個人的に興味深かった寄稿は第6章の「特別なニーズがある学生の支援」である。思春期・青年期の真っ只中を生きる学生は、その発達上の立ち位置から自然と「自分とは何か」を考えざるをえない。そこに自身の「特別なニーズ」とのワークが必然的に立ち現れてくる。「各種障害」や「性的マイノリティ」「留学生」など、広い意味でのマイノリティに対する支援的・現実的・具体的な見解は、学生相談だけではなくSCや児童福祉分野に携わる臨床家にも役立つものであろうと思う。

 第3部「連携・協働活動」はとても示唆的である。一対一の相談室面接だけでは全人的な学生サポートは難しい。一人ひとりの学生の問題や課題がその組織全体を揺るがすという事態だってありうる。ここでは、連携先への書状という細かい論点から自殺問題への取り組みまで幅広く論じられており、リアルな臨床実践の側面が描き出されている。

 次第に細かくあまり論じられてこなかった(しかしとても重要な)論点が第4部と第5部に続く。「学生」「教職員」「保護者」に向けたそれぞれの活動の内実や工夫、「広報・情報発信活動」というなかなか一人では案出できない現場の知恵が詰まっている。第13章の「システムの整備」は学生相談をひとつのシステムとして捉えてメンテナンスをしていく視点で書かれており、運営や発展や評価というトピックが語られている。最後の第16章「学生相談における倫理」は学生相談にとどまらない臨床家全体の倫理を記載しているように読めた。

 私の周囲の限られたサンプリングではあるが、学生相談機関に就職する臨床家はその大学機関と一定の(さまざまな意味での)関係深い者が多い気がする。具体的に言えば、出身大学の相談室にそのまま就職する、とか。ここには、たとえば、相談者と同じ大学生活をしているという共通点が優位に働く場合もあるだろうか。しかし、同質の教育課程を受けた臨床家が一点に集まることは、硬直した思考や発想が蔓延する危険も孕んでいる(一義的に悪いわけではないが)。学生相談員は間違いなくその組織の一員であり、その一員という自覚のもとに臨床に望む必要がある。だが、気づけば被支援者のためではなく、組織構造上の都合が優先されている例もあるのだろう。本書は学生相談という行為を見つめる視点を、見つめ直す視点を有意義な形で提供してくれていると私は感じた。

 なんだか最後はボヤキのようになってしまったが、とても有意義な本であり、「ハンドブック」系によくある「大風呂敷広げすぎて畳めない」ということはなく、必要十分な量を過不足なく記載していることに非常に驚いた。たぶん、かなりマネジメント能力の優れた先生がまとめ役になったのではないかと空想した。また、太田先生からは付録として「まどマギ」論考を頂いていた。学生と携わる者、サブカルを嗜んでおくことは良いことだろう。


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