『メンタライジングによる子どもと親への支援』を読む

 監訳者の上地先生より以前に本書をいただいた。とても丁寧かつ迅速な訳出で頭が下がる。隙間時間を見つけては校正作業をされていた姿が強く印象に残っている。本書でも翻訳へのこだわりは遺憾なく発揮されており、その方面でも勉強になった。

 フォナギーらが案出したメンタライゼーションに基づく治療/療法(Mentalization-Based Treatment/ Therapy; MBT)は(1)効果研究に裏打ちされた実証性、(2)種々の研究を横断する発達精神病理学、(3)マニュアル化された臨床指針などの特徴を備えた精神力動的な治療パッケージである。さまざまな介入や工夫によって、対象者のメンタライズ能力を復活・向上させることが目指されており、アタッチメント研究・発達理論などがベースに見事に融和されている。

 2000年前後の精神分析・精神力動論において、MBTおよびメンタライジングほど注目を浴びた概念や学律はないのではないだろうか。その証左として、一連の一次文献の訳出は現在進行形で進んでいるし、入門書・解説書の類が日本の母国語で執筆されて発表されている。また、アタッチメント理論そのものが臨床分野にドッと流れ込んでいて、臨床的な応用の知見も積み重ねられている昨今、MBTは十分に説得力ある形で浸透している。くわえて、日本のMBTの先駆者たちの尽力により、フォナギーやベイトマンらが来日するという企画も達成されている。

 さて、MBTの概念装置にはもとより発達理論が組み込まれている。その臨床射程に子どもとのワークが入るのも自然の流れであり、その試みが結晶化したのが本書(時間制限式)MBT-Cなのである。12回(最大2回まで延長可)の期間限定の短期療法のスタイルをとり、養育者とのワークを重視する子ども向けのMBTである。その目的は子どもだけではなく、養育者においても、メンタライジング・プロセスを育み、高めることができるように支援することである。もうひとつは、関係を築き、維持する子どもの能力を強化し、深化させることである。

 本書の第1・2章では理論が概観され、第3・4章で臨床的な心構えや要点が記されている。さらに第5〜8章では、具体的なヴィネットともに実際の進行に沿ったやり取りやポイントが解説されている。最後の第9章では事例が記述されている。このような構成をとることで、読者の視点が誘導されており、読了の時点でMBT-Cの輪郭とその内実が掴めるようになっている。

 これまでの成書では、前メンタライジング様式は、目的論/心的等価/プリテンドという順列として指し示され、細かく発達理論的に云々されることは少なかったように記憶している。その点、本書の理論篇では、この発達の基準軸を明示しており、子どもの成長や発達をメンタライゼーションに基づいて理解できるようになっている。少しまとめてみよう。

0~1歳の子どもの場合、生後数ヶ月に、その経験が秩序化されはじめる。典型的な発達に沿う形で周囲の環境や対人関係に注意が向いて、相互調整や自己調整の方略が精緻化していく。社会的参照によって養育者の表情や仕草を読み取り、乳児は自身の内的状態や環境という外的状況を認知的・情緒的に把握する。

1~3歳の子どもは始歩児であるが、ストレンジ・シチュエーション法にあるような分離と再会のダイナミズムを展開するようになる。アタッチメントのスタイルの萌芽が認められ、自身の苦痛を調整する際のパターンをさまざまに発展させる。よって、内的な作業モデルが構築されはじめており、表象操作が可能となり、ふり遊びや鏡に映った自己像を認識できるようになる。言語獲得によって、社会機能が飛躍に向上する時期でもある。プリテンド・モードが優勢になり、さまざまな遊びのなかで社会的な学習が促進される。情緒表現も見られ、黙示的な知識から意識的な知識にスライドし、情緒や感情を自身が体験しているという事態をモニタリングしはじめる。

3~4歳の子どもは、情緒的な場面で他者がどのように体験しているのかを同定できるようになる。自分が感じる事柄と相手が感じる事柄が違っていることもわかり、自己中心性から向社会的な次元へと進んでいく。

4~5歳になると、誤信念課題を通過する。子どもたちは、他者の心的視座を想像し、表象化する能力を発達させる。完全に思考の自己中心性からは脱却し、自己像を表現しはじめるが、その表現の形式や内実はまだ単調なものである。この年齢の自己像は過度にポジティヴであるという。

5~6歳では集団生活に参入することによる実社会の広がりが顕著に見られる。そのなかで友人関係を構築したり、社会的ルールを学習したり、状況に応じた自己理解と他者理解を発展させたり、とめまぐるしく成長していく。自伝的記憶が発達し、随時、精緻化していくことで、子どもは自分自身の経験に立脚して自己を捉えることが可能となる。自己感に一貫性がもたらされ、同一性の発達と統合を促進する。

6~7歳の子どもは、自他の感情や感覚を的確に捉えられるようになる。情緒的な性質に関しても、より複雑な感情を把握しており、それを社会的交流に活かしていく。自己陳述も洗練され、親密な関係の質に関しても述べるようになる。

7~12歳、学童期も進んでいくと、子どもは自分に特有で固有の性質を理解し、他者にも同様のものが保持されていることを理解する。依然として、自身の経験に基づく範囲で、という保留付きではあるが、対人関係でのやりとりも厚みが増し、関係性の深度にも個人差が生じてくる。

 さらにこれまでは「メンタライジングの困難」という表現で収められていたさまざまな状態像が、「未発達」「困難」「途絶」などという観点から整理されている。そしてその背景を発達精神病理学的に解き明かし、治療論的なヒントを指し示す試みがなされている。非メンタライジング様式にある子ども(および養育者)に対してどのような支援がなされるのか。それはぜひ本書を読んで確かめていただきたい。


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