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自由に関する2つの体験

2020年6月30日、中華人民共和国の特別行政区である香港において「国家安全維持法」が施行された。雨傘運動などで知られる政治運動家、周庭(アグネス・チョウ)氏も8月10日に香港警察によって逮捕された。日本では「民主化の女神」として知られ、日本のアニメ好きなどの日本通としての側面もあり、彼女は日本で人気であった。その彼女が逮捕され、日本においてもSNS等の各種メディアでは彼女の釈放を求める声が多数投稿された。「香港に自由を」「周庭を解放せよ」。まさに私はこのとき、「自由」というものについて考えさせられた特に印象に残る2つの体験を思い出していた。

1.自由と規律
私が学んだ防衛大学校は自衛隊の幹部となるべき者を養成する防衛省の機関である。神奈川県横須賀市の京急線馬堀海岸駅より徒歩20分、一際高い丘の小原台にそれは位置する。東京湾、浦賀水道を一望できる風光明媚な土地であり、2000人の国防の中枢たらんと志す青年2000人が青春を過ごす、日本唯一の士官学校である。
その防衛大学校において最も読むことを推奨されている本がある。池田潔「自由と規律」である。
本書を簡単に説明すると、本書は英国のパブリックスクール(中高一貫の私立校)で学んだ著者の体験を記したものであり、著者がパブリックスクールの厳しい規則を通じ学んだ、自由、ノーブレス・オブリージュについての考えを記している。本書の中で筆者は「自由と放縦は異なる」と話している。ハッとさせられた。それまで私は、自由=放縦と考えていたのである。
防衛大学校の規則は厳格で、破った場合は当然厳しい罰則を受ける。一般的な大学生と比較して、「1限をフケる」「夜に飲み歩く」「深夜にドライブをする」「サークル活動をする」「バイトをする」等の自由はなきに等しい。さらに自衛隊員としての厳しい訓練もあり、しばしば自己を見失いがちになる。私も例に漏れなかったが、そういうとき、この本に立ち返ることがあった。
私がこの本から学び、防衛大学校で学んだ「自由」を総括すると、自由とは、「自ら進んで自己を律して困難の中に身を置く決断を下せる資質・能力を備えている状態」である。

2.元韓国陸軍少将との邂逅
防衛大学校を卒業すると、卒業生は各陸海空自衛隊の幹部候補生学校に入学する。陸上自衛隊の幹部候補生学校は福岡県久留米に位置する。そこで9ヶ月間幹部としての資質を身につけながら、戦術等の防衛大学校では学ばなかった実用的なスキルを身に着ける。
幹部候補生学校も終盤に差し掛かると、各種研修が開かれ、その中に韓国研修があった。韓国研修は、韓国を訪問して朝鮮戦争について現地において理解を深め、韓国士官学校との交流を行う一大イベントである。
初めて見る韓国という国、初めて口にする本場の韓国料理などもっぱら幹部候補生の関心は研修よりも韓国を楽しむことであるのは古今東西の研修と銘打った旅行の性であろう。
しかし、今でも鮮明に記憶していることがある。軍事境界線の資料館での出来事だ。軍事境界線の資料館からは川を挟んで対岸の北朝鮮の姿を見ることができた。自転車に乗る人、畑を耕す人、自動車に乗っていたのはおそらく軍人だろう。北朝鮮は「見せるための村」を作っているというが、あれがそうだったかは分からない。資料館の中を見回るのにいい加減飽きてきた私は、外の空気を吸おうと駐車場まで降りた。すると、笑みを浮かべながら初老の男性が近づいてくる。同伴の幹部はもっと若いし、何より韓国に知人や親戚は住んでいない。私が訝しげに立ち止まると、彼は流暢な日本語で「私は日本にいました」と話しかけてきた。
「私は韓国陸軍の元少将です」
「昔、日本に住んでいました」
「あなたは陸上自衛隊ですね」
私は頷いた。当然私は制服を着ているのだから知る人が見ればすぐに分かる。また、韓国陸軍の少将とは一体どれだけの社会的地位か、韓国は徴兵制を敷いているから、恐らく日本で言えば国会議員以上だろう。そんな私の驚きを別に、彼は嬉しそうに続けた。
「自由は、独立は戦って勝ち取るものなんですよ」
「戦って勝ち取らなければならないんです」
もっと驚いた。出会って数十秒の相手にいきなり話す内容ではない。しかし、彼の言葉はストンと私の胸に落ちた。
「お互いに自由のために頑張りましょう」
握手を求められた。彼の右手は木の枝のように硬く筋張っていた。苦労は手に出るというが、今まで彼ほど苦労したであろう手の人にあったことはなかった。
そうして彼は満足そうに去っていった。
結局、自由には様々な自由がある。共通して言えるのは、自由というものは誰かに与えられるものではなく、勝ち取るものである。分かっているつもりで、平和な日本に生き自由を与えられている我々にはリアリティがない。だが、「大切なものは決して目に見えない」というのはサン=テグジュペリの星の王子だ。また、なくしてしまって初めてその重要さに気がつくというのも。

確かに香港は対岸の火事かもしれない。だが、国際政治は不可解だ。無くしてしまってから後悔しても遅い。戦い続けて、守るしかない。

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