宝石の国の感想

起きたらお願いしてたやつがめっちゃブラッシュアップされてて、びっくりした。ただ許諾とデータを頂こうとしていただけなのに手を動かさせてしまったので、対価を払うべくPayPalを聞いているが返信まち。時差やね。

この前雑に二項対立って言葉を使って対立か?と突っ込まれ、対立しているか否かの判断にコンセプトの方向性が現れる、、、という話をしたが、二元論という言葉が正しかったな、こういう言葉が全然出てこなくなっている。ぼんやりしている。

最近何もできてない。気分転換をしようとしてもうまくいってない。電気代を払いにコンビニに行って、なんとなくジュースとメロンパンを買ってしまったので少し川沿いを歩いて、公園で宝石の国108話まで読んだ。人間の話をよくぞここまで書き切ったなと思った。死にたくないけど曖昧にはなりたいのだと思う。

ただ寝るだけではダメなように精神的休息を取るのにもエネルギーがいる。それは自分で自分を癒そうとするからであって、だから人間には他者が必要。
癒したいし、癒やされたいだけなんすよ。


永遠に続く調和とは完全な倫理であり、楽園のことである。
裏返して、楽園を求めるにんげんの倫理的な不完全さが寿命によるものだとしたら、はじめから寿命を持っていなかった石からしてみれば不完全さは克服とかのレベルではなく、ただ必要がないだけのように感じた。「必要がない」と感じたのは多分、この作品が存在の有限さへの祈りだからだと思う。

永遠に続く調和、楽園にいる石たちは、歌って遊ぶ。それは生きている意味、存在の理由から離れることであり、その点において寿命を持たない石たちと違って「役割」を持っていたフォスと金剛の兄は、終わりを迎えた……。それがこの作品が辿り着いた有限への答えなんじゃないかなあ。

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