計画

学マスのモノローグ、カメラを横に移して欲しいぜ、正面のままだとプロデューサーの魂がアイドルの心をのぞいているみたいになる、そこは神の視点であってほしい!

おれは多分階段の登り方が下手くそなので、スロープレベルで一歩を設定してあげることにする。そうしないといつまでもうだつが上がらないやつになってしまう!

追記

父がつけていたブログを読んで、いろんなことを思い出したり、時間軸の自己同一性を少し確かめる事ができた。だんだん笑顔が少なくなっていくの最悪すぎる。これからたくさん笑おうな、、、。

ブログの文章はいつも短くて、たまにちょっと含みがある。ストレートに書き記されているけれど、それはごく小さな出来事だけで、自分の過去の日記のように何か網羅的に記述しようとかそういう気は全く感じない。旅行の時とか、そういう時は更新頻度が爆増するけどそれも全部断片的。何しろ、父は本を読むのが苦手でほとんど読んでない。
父方のおじいちゃんの家にこの前行った時、仏教の小難しい本があったけど、あっけらかんにぼんやりしていた。
近縁の、ネットに文章が残るような人の文章を読んでも、というかその親戚の創作への姿勢そのものがとても直感的かつ素直なところから、日常的な語彙と想像力、これもまた含みによって言葉を展開している。
母方のおじいちゃんも、アカデミズムへの気後れのようなものがあったのか、それに開き直って自分はあまりそういうことは得意ではないけど、と前置きを作っていた。

こんなふうにみてみると、わかっちゃいたけど、なんか自分が何か分析的な態度で書いている文体が無理してるように思えてくる。遺伝的にもそうでない点でも、自分は明らかにぼんやりとした血筋を引いているし……その親戚もおじいちゃんも、若い頃は気張っていた痕跡を見られるので今はこれでいいのかもしれない、でもどこかで限界がある。何か素直になる何か 素直に、、、


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