失業者サンド

 以前、製パン業のアルバイトをしていたことがある。
 あれは、新卒で採用された会社を数カ月で退職した後のことだった。何はともあれ生活費を稼ぐ必要があったが、当時は就職氷河期真っ只中で、ブラックな香りのする会社を除くと再就職のあてはなかった。早朝、あてもなく散歩をし、近所の大学の求人票を除いてみたりもしたが、既卒で応募できる企業自体がなかった。これから自分はどうなるのだろう。

 とりあえず、アルバイトの情報誌を見て、自分でもできそうな案件を探した。レンタルビデオ店の店番に応募したところ、あっさり断られた。次に製パン業の配送のバイトに応募した。運転ならできるし、配送ならそれほど人と話さずに済むとの考えだった。自分で決めたこととはいえ、退職してあっさり無職になったことはそれなりにダメージがあった。ひとりになって傷を癒す時間が必要だ。
 応募後、電話がかかってきて、事務所に呼ばれた。そして、金土日の早朝からの仕事であることと、マニュアル車の運転ができること、社会保険の加入がないことの確認の後、採用された。労働時間は朝5時から昼過ぎまでで、月収に換算すると8万円から9万円だった。これだけあれば、食ってはいける。

 実際に働き始めて思ったことは、職人気質の人が多い職場だということだった。ある程度の年齢の人は、ほぼそうした人たちだった。自分が至らず、怒られることもあったが、黙々と働いていれば、それ以上のことはなかった。気を付けていたことは、運ぶだけとはいえ食べ物を扱うのだから、清潔さと、あいさつをはじめとする礼儀正しさだった。あとはアルバイトなのだから、社員の方々の領域には立ち入らないようにしていた。そうしているうちにやがて軽いコミュニケーションを交わすようになった。聞かれるままに自分の境遇を話すと、朝一番に行ったときに、焼き立てのパンをくれる店長もいた。元警察官とのことで、鋭い目つきの方だったが、あのフレンチトーストの味は忘れられない。

 また、売れ残りのパンを持って帰らせてくれる店長もいた。若かったこともあり、いつも腹を減らせていた私は、前日のサンドイッチをとても楽しみにしていた。配送の途中で、持参の烏龍茶と前日のサンドイッチという食事を摂ったことを覚えている。食品衛生法上はどうなのかわからないが、今でもぜいたくな食事だと思う。また、特に食パンはありがたかった。あのころ、部屋の冷凍庫にはいつもパンがあった。

 時折、自転車でスーパーに行き、食品を買う。チーズと、ソーセージ、ピーマン、ケチャップという組み合わせだ。ピーマンはカットして冷凍しておく。そしてこれらを食パンの上に置き、トースターで炙る。これを私は失業者サンドといっていた。日曜日のバイトの後、汗を落として食べる失業者サンドの味は格別だった。

 朝、4時半に起き、自転車で事務所に向かう。辺りに全く人気はない。タイムカードを押し、着替えを済ませ、車の鍵を手に駐車場へ向かう。背中のリュックにはペットボトルに入ったウーロン茶と休憩時間に勉強する暗記用のノートが入っている。天気が良ければ、空が夜明けに近づいているところを見ることができる。世間一般では、私のようなフリーターが事件を起こしていたので、全く褒められるような状況ではなかったが、何故か妙に幸せだったような記憶がある。あれからずいぶん長い時間が経った。年齢を重ね、今では始終腹を減らすようなことはなくなったが、今の自分をあのころの自分が見たら何と思うだろうか。足りない努力を悔やみ続けている姿に失望するように思えてならない。今度の休日に久々に失業者サンドを食べて、今の自分に喝を入れたいと考えている。

 

 


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