「純潔は来世まで」第1話

あらすじ
ある日、平凡な看護師のミスイは原因不明の突然死によりあの世へ送られてしまう。処女であり、彼氏いない歴=年齢の彼女は来世に期待し、さっさと転生の手続きを済ませようとする。そんな時、あの世の役所で出会ったのは明るい性格の転生案内人のテルシだった。テルシいわく、転生までの間に恋人を作れば一緒に転生出来るらしい。生前親の言うことしか聞いてこなかったミスイはここで彼氏を作らないと自分は来世もつまらない人生になると確信し、まさかの、死んでから「彼氏」探しをスタートする。果たしてミスイは転生までに彼氏を作ることは出来るのか。人生のゴールは死じゃない。あたしの人生これからよ、多分。

「第1話 純潔は来世まで」

本文

「ねえ、ミスイまたウインナー辛味(からみ)パン???」

都内のB病院。やっとの休憩時間に看護師のあたしはいつもの適当な昼食を広げる。

同僚のウタコはそう言うと、彩り豊かな弁当箱を広げる。

野菜たっぷりの弁当。手作りハンバーグや玄米おにぎりにアボカドのサラダ。

それを横目にあたしは残り少ないコーラをぐびっと飲む。

医療系の学生時代から変わらず、疲れるとコーラが欲しくなる。

外科の先生も独身時代はコンビニ飯かハンバーガーで過ごしていたという話を思い出した。

うるせえ意識高い系女。医療職が皆、健康に気を使えると思うなよ。

なんてことは負け惜しみだから言えるはずがない。

今日もあたしの周りは気が強くて努力家の若い女とお局にまみれている。

比較して優越感に至るのが人間だ。

今日もウタコはあたしを餌に優越感という大物の魚を釣っている。

そう。女という生き物は幼少期より「他人との比較」が人生に付きまとうものなのだ。

あの子の方が可愛い。彼氏がいる・いない。あの子より太い・痩せてる。

お金や学歴よりも見た目がどうか。愛されているかどうか。持っているカバンやアクセサリー。

その全てが親や彼氏の着せ替え人形のような1人の「女」という人格を形成するのだ。

「そんなんじゃ、彼氏出来ないぞー。」

ウタコがあたしにとどめを刺す。

「あたしは今を生きられればそれでいいんだよ。」

あたしの言葉に納得したのか、ウタコはそれ以上のことを言ってこなかった。

休憩が終わる。今日も激務で一日が終わる気がする。

頑張って勉強したこととちょっといい給料の代償は、平凡で冷めた日常だった。

あたしの人生こんなもんかな。30歳になっても彼氏すらできたことが無い処女のあたしは結婚という未来すら諦めかけている。学生時代、周りの適当な男でいいから付き合っとくべきだった。

帰り道、いつものコンビニでからあげを買う。新作の味が密かな楽しみだった。

コンビニから出るところで、ぐらりと足元が安定しなくなった。

なんだ、いつもの立ち眩みか。

そう思ったあたしだが、あたしは2度と目覚めることはなかった。

一瞬の暗闇の後、あたしの体は妙に軽かった。

目の前にあたしが横たわっている。コンビニの店員が慌てて救急車を呼んでいる。

「あたし死んだんだ。」

お疲れあたし。死んだときって色々後悔とか残るのかもしれないけれど、あたしはそんなことなかった。

あの世ってどうやって行くんだろう。考えている間にとりあえずスマホを見た。

どうやら死んだときに身に着けていたものはあの世に持って行けるらしい。

「Google先生って使えんのかな。ヤフーの交通検索であの世行きとか調べたら出てくんのかな。」

出てきた。まじかよ。最寄りの電車やバスで49分で行けるらしい。

あの世って意外と近いな。最寄り駅は来た道を戻ればすぐだ。

49日のことを思い出したが、この世にそんな長くいてもあたしは意味がないと思う。

親とは絶縁状態だし、友達もろくにいない。だけど、一番の理由はあたしが死んだことで皆を泣かせたくないし、恨み言なんて聞きたくないからだった。

最寄り駅までふらふらと歩いているとウタコとその彼氏らしき男とすれ違った。

「まじで!?あそこのコスメすごい安いから愛用してたのに生産終了だってさ。」

スマホを片手に話すウタコ。彼氏は適当な返事をしてはいるが手はしっかりと握られていた。

「元気でな。ウタコ。あんたの自慢話好きだったよ。」

皮肉を言う元気は残っていた。まあ、聞こえてないけれど。

家に帰る人々を横目に駅に着いたあたしは改札へ向かう。

いつもの癖でスマホのsuicaをタッチする。すると、残金が6500文と表示された。

文(もん)。通貨まであの世式だった。いつもの駅で方向に迷っていると掲示板にあの世行き20:55分とあった。2分おきに電車が出ているらしい。

ホーム階に行くと、黒塗りの霊柩車みたいな電車が止まった。時計を確認する。55分ちょうどだ。

急いで乗り込む。電車はゆっくりと発進した。中にはみんな普通の人たちが乗っていた。

学校帰りのような女子高生。スウェットで痛バッグの青年。ニコニコと談笑するご婦人たち。

満員ではなかったので居心地がよかった。

5分ほど電車に揺られているとアナウンスが鳴った。

「まもなく三途の川―。三途の川-。しばらく三途の川が続きますので景色をお楽しみくださいー。」

これが噂の三途の川か。川を楽しむってなんだよと外を見ると、大きな川の上を電車が通ってた。

一面の灯篭による色とりどりのライトアップと遠くで花火が打ち上げられている。

「夏祭りみたい。」

ふと呟くと隣にいた若い女の人が反応した。

「本当ですね。良かったねえエミリ。」

お腹の子供に話しかけている。周産期の不慮の死だったのだろうか。泣きはらした女の人はただお腹をなでてはぼうっと外を見ている。

死とは何なのか。あたしは改めて考えた。突然であり、偶然であり、必然。

幸いあたしは無念の死なんかじゃなかった。だっていまだに泣いてないし。だけど何だろう。

命を守る仕事をしていたせいなのかあたしはその女の人を抱きしめていた。

大粒の涙があたしの頬を伝うのが分かる。あたしにつられて女の人も泣き出していた。

何にもかけてあげられる言葉なんてない。

これからの人生を奪われる苦しみは他人を通して伝わってきたのだった。

しばらくして泣き止んだ後、終点のアナウンスが鳴った。

「まもなく、終点あの世。あの世です。皆様人生本当にお疲れさまでした。あの世でゆっくりお休みいただき、来世への転生をお待ちください。」

電車が駅に止まる。

ふと駅の外の景色を見ると夜の都会が広がっていた。道行く人も店もこの世と変わらない風貌だった。

女の人と別れ、電車を降り、あの世の地面(コンクリート)を踏みしめる。すると、この世にいた時のような感覚が戻ってきた。

改札を抜けると、飲食店がひしめいているところに出た。

とりあえず、寝床の確保とご飯だな。

所持金を確認する。すると、財布の中身は現金が消え、代わりに見慣れないクレジットカードやあたしの身分証明証が入っていた。

これ使えんのかな。適当なラーメン屋に入って店主に尋ねる。

「ここって、このカード使えますか。」

「お、お姉ちゃんあの世に来たばっかりかい?ここではそのカードで衣食住が整うんだよ。」

安心して飲み食いしなと店主が大口で笑う。

ありがてえと思い、とんこつラーメンを頼む。

と、ここで察しのいい人は気づくだろうが、あたしは日ごろの激務と不摂生で30歳にして50代のおばさん体型なのだ。下っ腹が出ていてみっともないがダイエットなど昔に挫折した。

あの世に行って理想の幽体になれるもんだと思っていたが、あたしの体型はこの世を生きてきた汗と油でいっぱいだった。

ここでアツアツのラーメンが来た。ホロホロのチャーシューにかぶりついていると、店主がまた笑った。

「あんたは元気だねえ。大体の人はここに来ると元気が無くて飯なんて食う心の余裕がなくなるもんだよ。」

そういわれてみれば、店にはあたししかいなかった。

「もういいんですよ。とにかくおいしいごはんがあれば、あたしは幸せです。」

変わってないな。あたし。また、ラーメンをすすっていると、店主が言った。

「お姉ちゃん、来世はどうするんだい。」

未定ですと笑いあたしはその店を後にした。

持ってきたスマホでホテルを予約し、さっさと風呂に入る。

ビジネスホテルみたいなところから最高級のホテルまであったけど、なんだか怖いから安いホテルにした。

お風呂を上がってから、ふと、夜景を眺める。スカイツリーみたいなのがあって、ライトアップされている。

現世と変わらない景色は何だか安心した。

ベッドに横になり、あたしはゆっくりと瞼を閉じる。

次の日の朝、早々に目覚めたあたしはテレビの情報番組をつけながらメールを見ていた。

どうやら、あの世で手続きをすることで転生出来るらしい。

こりゃいい、さっさと転生しようかな。あの世は快適だけど、長居するのってめんどくさい。

あたしは朝ごはんの朝食ビュッフェを食べ、パジャマから着替えるとさっさとホテルを後にした。

ホテルからあの世の役所までの道のりは結構近い。歩いて10分か。

スマホのナビ機能を使いながらあたしは、まったりと朝の街を歩く。

人はいるけれど、カラスとかはいない。ただ朝の気持ちいい空気と風が通り過ぎてゆく。

朝日ってこんなにまぶしかったんだ。朝の空気ってこんなにおいしかったんだ。

まさか死んでから思わされるなんて。

役所に着いた。あたしの地元の市役所の何倍もある大きな役所の門には数人の警備員のおじさんと駐車場には数十台の車があった。

そういえば、役所が開く時間調べてこなかったことに気づいた。

えーと。検索検索。

「朝9:00から夕方17:00まで」

ただ今の時刻、朝8:50分。ちょうどいいな。

さすがあたしと思いながら、あたしは役所の入り口で待つことにした。

入り口前の待機ベンチに座って待っていると、9時になりドアが開いた。

役所の中はどこまでも普通の役所だった。いくつかの窓口と観光案内所などがあった。

スタッフも別に普通の死んだ?人間だった。

どこに行けばいいんだろう。迷っているとスタッフの女の人が案内してくれた。

「転生案内窓口」

ここに行けばいいらしい。2階のフロアの8番窓口だという。

エスカレーターを上って、窓口の前に着いた。

待機札を印刷すると、4人待ち。朝1では妥当な待ち時間のような気がする。

しかし、それにしてもこんなにスムーズに転生出来るとは。

あたしは順番までスマホゲームの「にゃんこ積み木」をプレイすることにした。

生前暇が極まって入れたアプリが死んでからも役に立つとは皮肉なものだ。

あたしはふと周りを見渡した。ご老人ばっかりだ。

皆さっさと転生手続きをしている。そうこうしているうちにあたしの番が来た。

窓口に行くと元気な若いお兄さんが出迎えてくれた。

刺青が所々入っていて、ばっちり決めた今風の髪形にピアスが何個も空いている。

役所の雇用って多様性を意識しているんだな。なんて思いながらあたしはお兄さんに話しかける。

「あ、本場(ほんば)ミスイです。転生手続きに来ました。」

「よろしくお願いします。ミスイさん。俺は転生案内人のテルシって言います!」

ニコニコとしたテルシさんは書類を見せてくれた。

「ミスイさん転生までにしたいこととか無いんですか?ハハ、あまりにも手続きまでの時間が早いから逆に俺心配ですよ。」

「あたしは特にしたいこととかないんで。さっさと、手続きお願いします。」

「ドライっすね~。あ、注意事項読んでくださいね。」

あたしは注意事項に目を通す。あの世で使った通貨の支払い義務はなし。あの世で知りえた秘密は来世には持っていけない。などなど書いてあった。

その中の一文が妙に気になってしまったあたしは思わず読み上げてしまう。

「えーっと、転生までにあの世で出来たパートナーはこの世にいた時に出来たパートナーと同等にみなす。…これってどういうことですか。」

テルシさんが答える。

「ああ、それはあの世を満喫してるなかで仲がいい人が出来る可能性ってあるじゃないですか。その人たちと転生後のつながりを選んで転生できるってことですよ。」

「ふうん。あたしには関係ない話だわ。」

テルシさんが笑う。

「ミスイさんって、家族とか彼氏とか何か大事な人っていないんですか?」

一瞬空気が凍るのを感じとった勘のいいテルシさんは困って黙り込んでしまった。

沈黙は耐えられないあたしは少しだけ自分の身の上話を始めた。

あたしの家は親が医者と看護師であたしは大学は医学部志望だった。

小さいころから勉強漬け。遊ぶ友達も親が決めていたような家庭だった。

裕福で生活に困ることはなかったけれど、大学受験の前、精神疾患を発症してしまったあたしは大学受験どころではなくなった。

仕方なく滑り込んだ医療系の私立大学の看護学部。本当の地獄はここからだった。学歴厨の周囲に毎日叱責され、完全に孤立してしまったあたしは卒業後、両親との連絡を切った。

幸い精神疾患は今となっては緩解している。

けれど、何だろう。愛される感覚や自己愛の方法ってたくさんあるけれど、他者から性愛という愛情を受け取ることでの自尊感情は圧倒的に低いと感じていた。

このまま恋人の記入欄を空欄にして、来世もおひとり様を満喫するのもいい。

だけど、そしたらまた誰かの言いなりの人生や歪んだ愛情への考え方があたしを支配したまま生きていくような気がしてならなかった。

本当はただあたしという個人を見てほしかった。ただ無条件に愛されたかった。

そんなことを話していると涙がぼろぼろとあふれてきた。

涙は止まらない。その時気づいた。よほどさみしくてつらかったのだと。

そんなあたしをテルシさんは何とも言えない表情で見ている。

気まずそうな彼は少し遠慮がちに言った。

「…よし、ミスイさん。彼氏です!他にも、家族になりたい人とか見つけましょうよ!!」

唖然とするあたしにテルシさんは微笑んだ。

「誰しも一人ぼっちはさみしんですよ。あったかい愛情や体温に触れないと人間の心は簡単に壊れちゃいますよ。」

「とりあえず、ほんとはダメなんすけど。俺のLINE教えますね。あの世の滞在期間中に迷ったりなんかあったらLINEしてください。」

その日、あたしは結局転生の書類を提出することはなかった。

その代わり一人の知り合いが出来た。

天道(てんどう)テルシ。気さくな青年の力を借りて、あたしの彼氏探しが始まった。

て、彼氏って言っても来世で生涯結婚する相手のことなんだけどね。

ここでテルシさんから面白いことを聞いた。人によっては生涯何人もパートナーが欲しい人もいるらしく、それが離婚と再婚の元なのだという。

あたしはとにかく一人いればいいや。離婚も再婚も面倒だし。

その日の午後、あの世での職業(死人は自由選択らしい)と適当な住まいを決めた。

お花屋さんにした。死人は病気にはならないので医療職という概念が無かった。

そして、あたしのくせにダイエットレシピなんか調べて、自炊しようと思う。

よくウタコがおすすめしてくれたダイエッターさんのインスタの更新はなぜかあの世でも

見れた。

そりゃあ、スマホが使えるんだもんな。そうだよな。

豆腐つくねと蒸し野菜。今日のメニューが決まった。

あたしのアパートの部屋は家具付きの部屋で電気も水道もWi-Fiも通っていたからとにかくやることが無かった。

数日ぶりの自炊をして、テレビをつける。

夕ご飯を食べ終えて、だらだらとスマホを見る。死んだら何か変わると思っていたがあくまでも日常は日常だった。

そういえば、彼氏づくりの方法としてマッチングアプリというのがあるが、あの世ってどうなんだろう。

ふと、マッチングアプリとそのレビューを見る。

「いきおくれのじじい、おばさんばっかり。」

「ヤリモクの山。」

出会えました。幸せになりました。という意見はほんの少数だった。

なんだ。人間死んでも変わらないんだな。

そういうことで、あたしは職場と休日の出先での出会いを探すことにした。

ウタコもよく言っていた。マッチングアプリなんてくそだから、あてにするなと。

そこまでして人間出会いが無いのかよ。

そうだとも。

心の中で誰かが返事した。

疲れてんなあたし。寝よ。

うとうととしていると、LINEの着信がきた。テルシさんだ。

お疲れ様です。のスタンプとこれから頑張ってくださいのメッセージだった。

あたしは頑張ります、と返信した。

あの世にも夜が来る。閻魔様にはまだ会っていないし、正直転生のことも何もかもよく分からない。

だけど、知り合いがいるってこんなにも心強いんだと気づいた。

あたしはゆっくりと瞼を閉じた。

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