死なないためのことば集


きみの恋人の懐かしい個別性の中にしか 人類の温い深みがないように きみの学問と創造の特殊性の中にしか 世界の美しい真実は ありえないはずなのだ。


わたしは あなたの 避けがたいさまざまの汚濁が 宝石のまわりにむしろしっかりと残り どんなものにも犯されない透明な性質を こころない眼から 守りとおすことを願う。



あなたは愛される 愛されることから逃れられない たとえあなたがすべての人を憎むとしても たとえあなたが人生を憎むとしても あなたは降りしきる雨に 愛される 微風に揺れる野花に えたいの知れぬ恐ろしい夢に 柱のかげのあなたの知らない誰かに愛される


死にたい と書くことで 死なないですむのなら 詩はクスリみたいな役に立つ けれど その調子で 生きるかはりに書いてはいけない  愛するかはりに書いてはいけない 花 と書くとき 花は たしかに 失はれる


君は僕のなかに突如あらわれる異物である君は僕の脚を突然くじく小石である君は僕の時間を寸断させる押寄せるイメージの波である君は僕に侵犯される他者性のなかで僕を失い続けるなま暖かい暗闇である。


蛇行せよ詩よ詩のための一行よ天国はまだ持ち出し自由

この部屋で死んだら発見者は何を避けて何なら踏むんだろうか

春雷よ 「自分で脱ぐ」とふりかぶるシャツの内なる腕の十字

ひるがえるシャツの裾だけ覚えてる 君の真意にさわれなかった

愛してる だめな誓いを立てるほど美しくなる噴水だから

樹は揺れるあなたが誰を愛そうとあなたが誰から愛されようと

その人を愛しているのか問われぬようごくごくごく水、水ばかり飲む

永遠に薄めるカルピス 人として好きだからって何回も言う

悪友がくれたオレンジ色のガム一生分嚙みホームで捨てる

悲しみを知らない獣になりたいな象はだめ御葬式をするから

触れたなら試されるだろう 剝き出しの電線のごとき咽喉の音きく

恋よりももっと次第に飢えていくきみはどんな遺書より素敵だ

いつたん此世にあらわれた以上、美は決してほろびない。─── 美は次々とうつりかわりながら、その前の美が死なない。

海(わたつみ)へ指輪はめむとするごとくさみしきことを君もなしいる

嫌なやつになっちゃいそうだよ もうじゅうぶん嫌なやつだよと抱きしめられる

溶けながら傾くパルフェ終わりある幸福をもう怖れぬと決め

希求 あの人が永遠だと考えている長さのその花の咲く時間の

捨てられずにきた憐憫の内側のむせ返るほど檸檬の匂い

完璧な死体と夏が誤解するほど僕たちは抱き合っていた

レターパックで愛を送れはすべて詐欺 舌先に古切手(こぎって)が苦く

すくってもすくっても過去形になる、なってしまう、あなたの海が

冷たい水いくら飲んでもおまえのように生きられねえよ ヒヤシンス 咲く

ねえ、パパ 蝶をとって ねえ、ママ シーツ替えて ねえ、校長先生 算数を解いて ねえ、一角獣 顔を嘗めて ねえ、君 僕をみつけて

なでしこをなでしこと呼び今日までの性交の回数を数える

ティーバッグのなきがら雪に投げ捨てて何も考えずおまえの犬になる

90分待って乗りたいアトラクション 100年待てば手に入るひと

風邪ひかないようにねいずれは死んでね 煙草の丸い断面燃やす

傷つけ返せはしなかった日々 鋭利なるステンドグラスの光にさらす身

あの夏の数かぎりなきそしてまたたつた一つの表情をせよ

向きあっても刺しても嚙んでもえぐってもたとえば泥のような手ごたえ

(すぐそこを)(飛んでる)(眠れ)(どうやって)(蜘妹が)(眠るな)(笑)(聞きたい)

似て非なるもの同士ゆゑ傷口が和音のやうに分かつてしまふ

君の死は「完全自殺マニュアル」の十五ページにあるような死だ

三つある斧から君は絶対に金色のやつを選ぶから好き

ぼくはただあなたになりたいだけなのにふたりならんで映画を見てる

夏の雨過ぎる間にきみを憎みふたたび愛す眩しき浪費

友人が嘔吐している 友人はわたしの前で嘔吐ができる

私はあなたの内側のひとつの線に触れたのだと思う、琴線とも、ただし図星にも似ていたので、痛みの表情があなたにふっと浮かび、おだやかな水面にも似た無表情になる。

とおくまでいこうねバニラ高収入バニラバーニラこのはるやすみ

愛は、この世に存在する。きっと、在る。見つからぬのは、愛の表現である。その作法である。  

買つてきたオレオの上下を天国と地獄にわけるやうなさいはひ

海に海を棄てに行こうか そこに果てがあるのにあなたはさみしがる

ピースライト きみが火をつけると燃えて破局をしはじめる韻と律

死んでしまうのはこわいこわいよ砂糖まみれのミルク珈琲

似合う、ってきみが笑ったものを買う 生きてることが冗談になる

詩は神秘でも象徴でも鬼でもない。詩はただ、病める魂の所有者と孤独者との寂しいなぐさめである。

麻薬おしえて麻薬ほんとうの痛みを隠した人にかける言葉を

心中は別に冗談ではないのだが、モネ、睡蓮へ話は伸びる

私たちは「剥きだし」の世界の姿を直視できないくせに、それを生々しく感じたい。だから、元の世界の凄さが透けて見えるような、薄い「絆創膏」を求めてしまう。

四季が死期にきこえて音が昔にみえて今日は誰にも愛されたかった







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