失うことを恐れないこと

財産や 地位や 名誉 人脈 等々既に得ているものが大きいほど それを捨てることが難しくなってくる。

30数年前 初めて大川隆法総裁が 宗教家として立たれた頃は 東大法学部卒業で商社マン勤務のエリートが 本当に人の心の痛みを分かるのだろうかと思ったことがあった。

当初 集まっていた人達も 医師や一部上場企業勤務の人達 学校の校長職にあった人などが多くて 庶民で学歴もない身としては 違和感や居心地の悪さを感じたものだ。

だが 長年学ぶにつれて 世間的な立場を全て投げ捨てて 霊言を発表し 自らが 救世主の仕事をする者として 立たれたことにの凄さをつくづく思うようになった。

今までの 経歴や 人間関係を 全て失っても この道に進むという決意をされてから この数十年 手放さないといけないものがいくつあったことだろう。家族への愛も 放さざるを得なくこともおありだったろう。

召命 - 神様に招かれて その使命を果たす為に 地上で得た栄華は捨て去っていかねばならない。

捨てるということが 得ることだということは 聞いていても 分かったようでわからない。でも、大川隆法総裁が使命を果たす為に多くのものを失い捨ててこられたのは分かる。

人間としての悲しみや苦しみがあったとしても、毎日毎日 法を説き続けられる姿から人を越えた神の思いを感じる。

失うものが 多いなかで失うことを恐れないこと。

失いたくないと 手放したくないと 執着しているものが あまりに多過ぎて 現代人は神様に出会えないのかもしれない。

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