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心の状態を 地獄から天国に変えるには

地域の信者さんが 「 What,s幸福の科学」という小冊子をポストに入れてくれていました。

わずか10ページ程の小さな冊子。

でも 、近頃では、 家庭や 学校で 教えられない大切な智恵が書かれていると思うのです。

生きているうちに、劣等感や嫉妬心、欲望、自己卑下など、まるで、空に輝くお月様を、雲が覆ってしまうように マイナスの思いが心を覆ってしまうことがあります。この覆われたままの状態が、地獄的な心です。
そのままの状態だと悪霊の憑依を受けてしまいます。それを防ぐには、心を曇らせる代表的な思いである、「心の三毒」を取り除くことです。

『毒①貪欲

貪るような欲深さのことです。お金や異性、モノ等を欲しがる衝動が抑えられなくなっていませんか?努力以上の結果を求めて、苦しんでいませんか?

防ぐには

☆足ることを知る

☆人に施す習慣を持つ

毒②怒り

怒りは心を汚します。思い通りに行かないと、突然激情にかられてカッとなり、相手にキツい言葉を吐いてしまう…なんてことはありませんか?

防ぐには

☆瞑想を生活に取り入れる

毒③愚かさ

人生の真理に無知なことです。神仏を信じず、宗教を馬鹿にしたりしてはいませんか?また、人間関係で同じ失敗ばかりしていませんか?

防ぐには

☆霊的真理を学ぶ』


と簡潔に 書いてあります。

毎日の生活のなかで 「あるある」のことばかりだと思いました。

貪欲なんて 関係ないわと思っていましたが 努力以上の結果を求めて苦しんでいませんか…

うーん やっぱり あるわ

劣等感や嫉妬心、自己卑下って 心のなかを探ってみると やはり 「あるある」です。

怒りも 普段 それほど怒らない人間だと思っていたけれど 自分が正しいと思っていることを 主人に否定されたりすると 一瞬カッとなって言わなくても良い言葉を 確かに吐いてしまう。親しい間柄ほど 理性が効かなくなっていることがあります。

同じ価値判断をしてくれる筈と思っていたことを 家族に否定されるとカチンときてしまう。でも、皆それぞれ魂は別であり、同じように考えないといけないなんて思い上がりなんですよね。😓他人には理性が働くけれども 身近に接する人には 感情が先にたってしまいます。

愚かさも 人間関係での同じ失敗というのは あります。

結局 そんなの 誰にもあることだし、 仕方ないことだと 放置していると 心のなかに毒素が溜まってしまうのでしょう。

宗教選択の時代という法話のなかで

心の問題というのは抽象的な問題ではありません。あの世に還ったら心以外には何もないのです。みなさんが思うこと自体がみなさん自身なのであって、それ以外のみなさんはないのです。悪いことを思っている人が悪い人なのです。善いことを思っている人は善い人なのです。ですから、一日における自分の心のなかを見て、悪と善とのどちらが多いかを見たら、天国に行くか地獄に行くかは、はっきりしています。

と 述べられています。

心のなかで 毎日 考えていることかぁ。

社会生活上は 自分の心を隠して 善い人を装うこともできるけれど、心のなかで何を考えているかが問われる

そういえば 新約聖書 マタイによる福音書にも

あなたがたも聞いているとおり、『姦淫するな』と命じられている。しかし、私は言っておく。情欲を抱いて女を見る者は誰でも、すでに心のなかで姦淫を犯したのである

というイエス様の言葉がありますが これは 老境に入った人は クリアできるかもしれないけれど 10代~40代の元気な人には 厳しい言葉かもしれませんよね😅

食欲 ・性欲・睡眠欲は人間が生きている以上離れることはできないものですが これもまた苦しみにもなるということを お釈迦様は教えています。

四苦八苦(しくはっく)の苦しみ

生まれることの苦しみ・老いることの苦しみ・病になることの苦しみ・死ぬことの苦しみという  生老病死

愛するものと別れる苦しみ(愛別離苦)・憎むものと出会う苦しみ(怨憎会苦)・求めるものが得られない苦しみ(求不得苦)・肉体の欲望に翻弄される苦しみ(五蘊盛苦)

聖書で 告げられる 姦淫の罪というのは この五蘊盛苦のところに当てはまるのでしょうか。でもそこから どのように抜け出して 心を解放させていくのかを説かれたのが 八正道の教えではないかなぁ と思います。

この世は 苦しみに満ちた世界であるけれども、同時に 光に満ちた世界でもあること。

その事を どれだけ掴めるのかが 課題なのかもしれません。

秘密の法という書籍のなかの言葉で 印象に残っているものがあります。この世界を美しくすることに何か貢献してきただろうか。世の中の悪しき面ばかりを見て憤ってばかりではなかったろうか?


あなたがた生まれて この世界が美しくなりましたか。世界がよくなりましたか。これを自分に問うてください。そして「イエス」と言えるなら、それは人生に成功したということです。
この世に生まれたこと意味を見つけ、他の人のお役にも立てる人生を生き切り、そして、この世を見事に卒業していくことこそ、大事なことである。そのような単純なことを教えるのが、宗教なのです。

他の人のお役に立つというより 他の人のお世話になることが多かったのではないかと思うことしきりです。

自分の心を見つめる作業は 奥が深いと思わざるを得ません。



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