連載「フィービーとペガサスの泉」①
第Ⅰ部 ホテルヴィクトリアと「人形の間」
1 プロローグ 「人形の間」のブレックファースト
その部屋は「人形の間」と呼ばれていた。
緑の蔦に覆われた、古城のように美しい建物の片隅にひっそりと存在するその部屋には、誰も知らない秘密が隠されていた。
夜明け前の今は、部屋の錠は固く下りている。
でも、一度でもこの部屋を訪れた人はみな、不思議な雰囲気の漂うこの小さな部屋を、なぜかいつまでも忘れることがなかった。
建物の名は、ホテルヴィクトリア。
最上階では、一人の幼い女の子がすやすやと眠りについている。やがて訪れる新しい一日が、自分の運命と「人形の間」のすべてを木っ端微塵 にしようとしていることなど、どうやらまだ知らないようだ。
閉ざされた扉の奥深くで、ホテルヴィクトリアの密やかな住人は、小さな、小さな唇を震ふるわせた。
決断しなければ。
この部屋に隠された秘密の扉を開け、旅立つ時が来たのだ。
同じ頃、建物の一角では少し前に灯りがともり、真っ白なコックコート姿の料理人たちが忙しそうに働いていた。いくつもの働き慣れた手が、卵をかき混ぜ、ソテーパンを揺らし、焼きあがったワッフルのそばに苺やブルーベリーを盛りつけていく。
「おはよう、モニカ」
一人のコックが、扉の前に立っていた女性に向かって手をあげた。艶のある黒髪を控えめに結い上げ、裾の長い古風なメイド服を着たその女性は、コックの挨拶に無言で頷いた。活気に満ちたホテルヴィクトリアのキッチンを見回しながら、何かを真剣に考えているようだ。
ふと、モニカが手にしている銀のトレーの上に、どこからともなく料理が現れ始めた。ままごとで使うような小さな食器に、ふわり、ふわり、と朝食が盛りつけられていく。
コインのように小さなパンケーキ。
出来立ての温かなオムレツ。
端がほどよく焦げたベーコン。
シナモンをまぶしたローストアップル。
指の先ほどのティーカップに注がれた紅茶。
次々にオーダーを読み上げるウエイターも、せわしなく手を動かしているコック達も、空中から料理が現れ続ける不思議な光景が、なぜか目に入らないようだった。忙しくて、それどころではないのかもしれない。
いつの間にかできあがった小さな朝食を注意深く点検したモニカは、足早にキッチンを出た。豪奢で格式高いエントランスをすり抜け、建物の南端に渡ったモニカは、「人形の間」と書かれた部屋の向こうへと姿を消した。
※画像はすべて、Microsoft BingのチャットAI機能で生成しています。
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