蛇足 感想

以前Chrono boxをプレイして、シナリオ上のミステリ的要素を鮮やかに解決しつつ全体としての無駄の少なさに驚かされた。そんなわけで、シナリオライターである桜庭丸男氏の他作品をやりたくなったので本作購入することに。前作にあたるらしい「駄作」については未プレイ。

本作はプレイ前の第一印象としては、不穏な空気とグロさで魅せるインパクトとスプラッター的要素を主軸においた作風のようにも思えるが、そんな第一印象はプレイ後にかなり変わった。それらは作品に付随している要素の一つでしかない。本作の本来のテーマは、生の苦悩や死生観、究極的には生とは死とは何かといった問いに直面せざるを得なかった登場人物たちの絶望や狂気を描くことにある。そんな風に自分には思えたのだ。

エロゲなので基本的に性行為をすることで物語が進むのだが、作品を通じてその様相はあまりにも刹那的だ。性行為は生物•遺伝子的な観点から見ると、本来は種の継続のための行為だと言える。それが死による終焉という前提を共有することによって初めて成り立つのは非常に逆説的ではないか。「性行為は未来ある若者の特権である」これは作中のモノローグの引用だが、絶望した者・はみ出してしまった者にとってはこれがとてつもなく高い透明な壁になる。作中のような極限状態でも無ければ、おいそれと越えられるものではないのだろう。

個人的にカナには幾らかの自己投影をしてしまい、√のシナリオは読んでいて辛いものがあった。登場人物達は総じて不幸な人生を送っているが、それは超越的な何かにゆる不可逆の力の作用、抗いがたい運命のようなものに決定づけられている。それは例えば大人の悪意によって付与された性愛であったり、不治の病であったり、幼い時分での両親との離別であったり。ともあれ、現在の不幸の境遇に至るのになにがしかの強制力が働いており、個人の努力などというものが介在する余地は殆ど無かったと言っていい。彼らの人生は初めから不幸が約束されたような、いわば呪われた生とでも言おうか。

そんな中、登場人物の中で唯一このような運命による強制介入を受けなかったのがカナである。カナの場合、生そのものが本来的に呪われていたわけではなく、寧ろ祝福されていたといってもいいくらいだ。もし神々のちょっとした気まぐれで、運命の歯車らしきものがほんの少し違う噛み合い方をしていたら…。十分幸せになり得た生だったかもしれない。裏を返せば、それは究極の自己責任ともとれる。もし運命による強制介入が起こっていないとするならば、自分の「今」は自身による限りない選択(あるいは選択しないこと)の連続によって形作られている、と言わざるを得なくなってしまう。

カナは間違いなく超ド級の不幸だろう。そりゃあ死にたくもなってしまう。
人生を振り返ると、結果として自分自身がこうなりたくてなったとも解釈できるし、主観的な立場に立つならそう認めざるを得ないように思われるからだ。ぜーんぶ運命の責任!という方がまだ救いがある気がしてならない。


生、死、自己矛盾、幸福、運命……そんなことを改めて考えさせられるシナリオだった。


……などとスカした事を考えながら感傷に浸っていたらあのオチである。


本編のtrueエンドにあたると思われる皇√のクリア後、タイトル画面に突如として現れる蛇足ルート。「蛇足」というタイトルの意味については本編中に、「塔を出て生きることを選択した残りの人生は蛇足にしかなり得ないかもしれないが、それでもなお生きる」というような意味合いで一応の解決がなされていたはずだが、蛇足ルートをプレイするとその真の意味が分かるような構造になっている。

まさか本編(とプレイヤーが認識するであろう部分)が作中作だとは想像だにしていなかった。皇√の唐突な触手登場など、とこらどこら違和感を感じる部分はあるにあったが、作品自体がメタ的な話である可能性については、プレイ中の段階では全く考えていなかった。タネを知った後で振り返ると、伏線と思しきものが随所にちりばめらていることに気づく。例えば冒頭のフィルムを回すような演出とSE、プロフィールの背景が映画の機材だったり、エンディングのスタッフロールでの記載が「CV」ではなく「CAST」だったり…。また、主人公はまさかの女性で、よく見ると胸が露出しているシーンが一つもなかったりする。この辺りのつじつま合わせも徹底している。(そもそもガラが悪いという設定の主人公の声優が女性名な時点で違和感を感じるべきではあった。まあそれでもって主人公が女性である可能性について思い至れというのは流石に酷な気がするけど)

これは個人的な解釈というか妄想の域を出ないのだが、これが作中作であるという前提に立つと、皇のエッチシーンのCGにおいて体形が普通の人体バランスで描かれていることについても、エロゲとしてのご都合主義以外の理由を見出せたりする。服を脱いでしまうから手足を長く見せるためのなんらかの仕掛けが機能しなかった、みたいな捉え方もできるからだ。

何はともあれ、この作品全体を使った大掛かりな仕掛けには素直に驚かされた。人を騙すにはこのくらい「大掛かりに」「ガチ」でやるべきだと思うし、そういった観点から本作は、終始徹底してプレイヤーを騙そうとしたある意味誠実な作品だと言える。

これまで書いてきた通り基本的にはよく作りこまれてる作品だとは思うが、そんな中1つだけ気になった点がある。それは、この手のゲームではかなり珍しい主人公の名前の任意入力についてだ。まず、本作が「映画」であるという前提に立つならば、プレイヤーはその鑑賞者であると考えるのが妥当だろう。(なんならもっと範囲を限定して、プレイヤーは蛇足ルートでの試写会の観客であるという解釈も、それなりに自然なように思える)。そして、映画はゲーム等と異なり極めて受動的な媒体である。基本的に鑑賞者が能動的に作品に関与することはできない。だとするならば、鑑賞者たるプレイヤーが名前をつけることによって、登場人物の設定に関与する事など出来ようはずもないのである。主人公の名前の入力機能は、映画であるという世界の設定との矛盾をきたす、それこそ蛇足な機能だろう。制作側がどのような意図をもってこの機能を付けたのか、正直自分にはあまりよくわからなかった。(それに、そもそも好き嫌いの問題として、自分はゲームの主人公の名前の任意入力にはかなり懐疑的だ。世界観が壊れるわ、ボイスは虫食いになるわであまりいいことがないと思うのが、どうだろう。)

まぁぶっちゃけ些細な問題である。


書くの飽きたのでこの辺で。


フィーリングによる雑評価:82点









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