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その六年間は大切な心象風景となる

時たま私は誰にも代えることのできない自分だけの世界観を持っているように感じることがある。その大半を「懐かしさ」が形作っているようだ。

「懐かしさ」というのは自分にとって特別な感情である。

もう二度とない儚く散ったひと時には特段惹かれてしまう「懐かしさ」がある。

過去に関わりがあったけれど所在が分からず永遠に会えないであろう人とか、幼少期の曖昧な記憶を繋ぎ止めてくれている思い出の建物をふと思い出すと懐かしくて泣きたくなるのだ。

そしてそれは過去に経験した事だけに限らない。私は生まれる以前の時代に強い魅力を感じる。昭和の名残が残る街並みを見たならば哀愁に心を打ちひしがれて泣きたい気分になる。

私にはそれらが宝物に見えている。

なぜなら言葉で上手く体現できない「懐かしさ」という衝動を絵に描き起こしたいという願望があるのだ。


無論私は未熟で、そんな事は到底できそうにない。


ところが心の中での「懐かしさ」の重要性を思い知る度にその想いは募り、自分が絵を描く原動力の一つとなっている。


明日で最後の学校だって、いつか自分の思い描く「懐かしさ」の対象となって心に刻まれる時が来るのだと思う。


校舎をくまなく眺めて心の中に留めておけば懐かしくなった時に役に立つのだろうか。

きっとその時には「懐かしさ」を絵にできるまでになっていたいものだ。それにはかなりの歳月が過ぎるのだろうか。そんなことを考えているうちに卒業の寂しさを少し実感していた。



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