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多坐弥志理都比古神社<神武天皇にゆかりの神社>

『日本はどのように建国されたのでしょうか?』
日本の建国について理解を深めていけるように、いろいろと情報を集めています。この記事では、日本の初代天皇とされる神武天皇にゆかりのある神社をもう一つ調べました。

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多坐弥志理都比古神社(おおにいますみしりつひこじんじゃ)
奈良県磯城郡田原本町多にある神社で、多神社(おおじんじゃ)とも呼ばれています。


【祭神】
神武天皇 (神八井耳命の父)
神八井耳命 
神沼河耳命(神八井耳命の弟:2代天皇となる綏靖天皇)
姫御神
太安万侶


御祭神 系図


この地は、神武天皇の息子である「神八井耳命」(かむやいみみ)を祖とする多(おお)氏の拠点であり、その一族からは『古事記』を編纂した安万侶が輩出されています。

この神社の貴重な史跡に「神武塚」という古代祭祀の跡がある。

本殿の裏(北側)の林にある「神武塚」



左の星マークが二上山、右の星マークが三輪山と、信仰の対象となるような山が東西に見える位置に建てられています。


そして、この地域は、弥生時代の環濠集落遺跡があった場所で、そして、環濠は、コンクリート水路となりながらも今も形を残しているようです。



<ここからの学び>
 
神武天皇の息子である「神八井耳命」の「神沼河耳命(綏靖)」に皇位を譲った。 その「神八井耳命」を祖とする「多氏(太氏)」が祭祀した場所は弥生時代の遺跡(多遺跡)の中にあり、今でも神社がありました。

 神武天皇の息子である「神八井耳命」は「このあたりで過ごしていたのだろうな」と思える足跡が残っていました。

 初代天皇の子孫が弥生時代に古代祭祀を行っていた場所と思うと、感慨深いものがあります。

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