僕には名前があるんだ!聞いてくれ!僕には名前があるんだ!あなたは!あなたの名前は、なんだ!なんなんだ!聞いてくれ!僕には名前があったんだ!名前がある!こんなことがあるか!僕には名前がある!名前!名前!君は!僕は!ある!ある!ある!ある!
セメントの乾くまでの間、ライターの火が揺れるのをぼーっと眺めるのもうんざりする。もうずっとこんな事を続けている。今日が最後だと思っている、いつも、最後がいい。
ボコボコ・・・
「どうやらセメントがお好きなようで」
いつも返事はない。聞こえているのかはもう聞くこともできない。いつもいつもいつもいつも。
嫌な事は繰り返す。繰り返すから嫌いになるのかもしれない。どっちにしろ結果は同じだと思う。
「俺はこの仕事が嫌いだ。」
くゆらす煙の踊りも見飽きた。湿気の強い港の空気の所為でこいつらの身体はいつも重々しい。そう思うのも、この仕事の所為で・・・
「考えるのは止そう。今はそう、不運なんだ。くじを引いたら偶々ハズレだった。10回くじを引いて、偶々ハズレが続いてる。次は当たるさ、幸運の女神の小指がさ。お前もそう思うだろう?」
ボコボコ・・・
「聞こえてるのかもしれねぇな。俺には知ることのできない事だよ。まさにくじ引きの箱の中みたいにな。」
鼠色の踊り子が夜の工場群の演出するステージを駆けまわって暗幕に消えていく。
「俺もあんたもハズレを引いたのさ。どうだい箱の中身を知った感想は、俺はずっとそれが知りたいんだ。」
「ボコボコ・・・」
「・・・ごめんな」
いつも悲しくなると、子供の頃に遊んだ家の裏の森と、そこを流れる小川の景色を思い出す。勝手に浮かんでくる。いつも女の子と一緒に遊んでいた。たしか近所に住んでた年上の女の子だった。いつも家まで俺を誘いに来てくれた。いつも玄関で大きな声張り上げて俺のこと呼んで。
「なんて、呼ばれてたかな。」
俺が一番呼ばれた名前、俺はその呼び方が凄く好きだった。彼女が好きだったから。彼女の呼ぶ名前は全部好きだった。でも忘れちまった。彼女の口の動きや手を振る姿は、閃光弾でも喰らった時みたいに頭にこびり付いてるのに。
「思い出せねぇ。」
いつか思い出せるかな。目の前のこいつみたいに、滅茶苦茶な死に方でもすれば、死ぬ直前くらいはパッと、ガキの頃の事とか思い出せるのかな。
「これが未練か。思い出せたら。俺はこんな気分の悪い生活なんかどうでも良くなっちまうんだ。きっと酒もタバコもどうでもよくなっちまうんだ。」
「ボコボコ・・・ボコボコ・・・」
「お先にどうぞ。最後くらいいい夢を。俺はまだみたいだ。」
終劇のくすんだ暗幕をつま先で踏んだ。
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