においと口紅
君はもう寝るべきなんだ。じゃなきゃ俺が寝れないんだよ。
君の肌の匂いなら永遠に嗅いでいられる。ほら、君はすぐ俺の鼻を鎖骨の辺りに押し付けてくるだろ。だからもう君の臭いを覚えちゃったのさ。君は甘い粉ミルクみたいな香りがするんだよ。気付いてた?石鹸の香りかな。僕は好きだよ。
君の臭いならなんだって嗅ぎ分けてみせるよ。本当に。ほら君はそうやってすぐ顔に手を押しつけてくるだろ。君の指の股からは食器用洗剤のレモンの香りがするんだ。
今度はそうやってすぐ恥ずかしくなって縮こまるから、今度は君のまつ毛の香りが嗅げる。おでこの香りも。
機嫌が良いとそうやってベッドの上でコロコロ仰向けに転がるんだ。
せっかく皺を伸ばした真っ白なシーツが、君のせいで台無しになっちゃうんだよ。
可愛いね。
口紅を塗り直したのかい?
霊安所に横たわる死体の顔を覗き込んだ。
死んだみたいに真っ白な顔が、ほんの数mm口を閉め忘れたまま旅立っちまったみたいだ。
きっと葬式の頃には綺麗に閉じて、こんなボロキレじゃない良いスーツも着せてもらえてるだろう。
「死ぬと唇も白くなるんだな。」
「・・・そうね。」
衰弱死体と彼女の若々しい肉体の対比はまるで芸術作品みたいに冷たいコンクリートの背景に浮き出ている。そのまま磔にしてしまいたいくらいに。
「君の唇は真っ赤だね。口紅を塗っているの?」
「夕食は1人で食べるのが好きなの。」
換気装置のタービンが回る音が山羊の鳴き声に似ていると思った。
部屋の煩さに気付いてしまってからは、彼女の言葉なんて耳に入らなかった。
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