モグラの空

 「な、なんでこうなったんだっ!」
 モグラは1人、洞穴の中で手を合わせた。神に祈る為ではなかった。この合わされた手の内には一寸の信仰心もない。これは彼の、今までの経験、教育による刷り込みであって、彼の内から芽生えた信条なんてものはこれっぽっちもない。ただ、今のモグラにはもう伝える意味すら無くなってしまったのかもしれない。しかし実際に”そういったもの”によって彼は咄嗟に手を合わせてしまった。もし今の彼にそんなことを考える余裕があったのなら、それは彼にとってどのような助けになるのか。それを予想するのも難しいほどに彼の焦りと後悔が極まっていたのは、グニャリと曲がり大きく痙攣する広い背中を見るに明らかだった。
 「ぼっ、ぼっ、ぼくの、何が悪かったんだよっ!」
 モグラは初めてこの言葉を口にしてしまった。今まで何度、何十度、頭に浮かんでは首を振って掻き消し続けてきた言葉を抑える事ができなかった。
 モグラはいつも悩んできた。彼は彼なりに穴を掘り進めてきた。彼はいつもその事を「しただけ」と言って来た。それは彼なりの、モグラに生れた者なりの教養であり、生きていく為の正しい謙虚さから来ているのだろう事は考えるに難しくなかった。彼は所詮穴を掘る事しかできない。その為だけの爪を持って母の胎から巣穴に落ちたのだから。しかし、子供の頃から、ガリガリガリガリと穴を掘る為の爪を鋭く硬く鍛え上げるだけの青春を駆け抜けたのに、そのままポンと社会に投げ出された瞬間、彼が今まで自身の自負と自信を隠すための謙遜として身に着けた言葉をすっかり、単なる皮肉と自虐として使わなくてはいけなくなった。
 モグラに訪れた最初の挫折だったのかもしれない。それまでの彼が経験した試練や壁といったものは、所詮少年モグラの為に大人の優しさが用意した教材に過ぎなかったのかもしれない。そう自分の大切な過去を踏みにじってでも今の自分を取り繕う他に方法がないほど、大人モグラは突然孤独と人生を歩むことになった。
 「う、うぅ・・・!うっ!うっ!うっ!うっ!うっ!うっ!うっ!」
 モグラには友人がいない。大人になった彼に最初に訪れた交友関係は職場の同僚だった。会話は当初、本当に他愛もない話題から始まった。それも仕方のないことだった。彼と同僚の間には、これから同じ穴を掘ること以外の共通点など見出せなかったからだ。ただ二人とも、その場の孤独を埋めたくて仕方なかった。そんな感じで二人は、学生時代にはいちいち相性だとか趣味だとか拘っていたのに、そんなものはどうでもよくて、ただ休憩中に笑顔で挨拶ができる程度の希薄さでもいいから、自身から孤独という言葉を振り払えるだけのものが欲しかった。
 モグラには友人がいない。結局働き出してみると、その同僚はモグラより少しだけ穴を掘るのが速かった。少しだけ速い同僚は、彼よりいつも少しだけ深く穴を掘り進めた。モグラは折角巡り合った友情を生活のなによりも大事なものだと信じて疑うこともできなかった。だから彼の生活はすっかり同僚に追いつくことに必死になるだけになってしまった。
 モグラには友人がいない。彼は悟ってしまった気になった。もう僕は同僚には追いつけないと。最初の1日は1分ほどの差だった。今ではもう1週間分だ。1週間の差が彼に及ぼしたコトは、もはや単なる穴の深さではなかった。彼も同僚も、働き出して穴に慣れていくうちに視野も広がり、実際は穴の中に沢山の仲間がいることが分かってきた。仲間たちは快く2人を歓迎し、穴の掘り方を教えてくれた。そして新しい穴の枝分かれをお願いしたり、穴の掘り方の意見を聞いたりしてくれた。本当に良い仲間に恵まれていると彼は感動した。仲間たちは決して彼を虐めたりしなかった。ただ、穴を掘るのが大変な時は仕事を振らず、穴を掘るのが速い時は別の仕事をお願いする、そういう風に回っているだけだった。
 モグラには友人がいない。気付けば同僚はすっかり穴の人気者になっていた。自分より1週間早く穴を掘っているから、1週間分彼より多くの人と会って別の仕事もこなしていた。毎週の終わりに彼が自分の持ち分を掘り終えた時には、同僚は爽やかな笑顔を貼り付かせて、清き労働を共にやり終えた仲間たちと労いの言葉を掛け合っていた。そして必ず、一番最後にはモグラの元に足を運んで、飛び切りの笑顔で来週への再会を叫ぶのだった。モグラはすっかり孤独に戻ってしまった。
 モグラは仕事ができない。彼はすっかり自信を失ってしまった。どれだけ穴を掘る手を握りこんでみたり開いてみたりしても、彼がよく洞穴で読んでいる漫画の主人公のような特別な力には目覚めなかった。彼がどれだけ頑張っても、結局それは彼の範疇での努力であって、見違えるように穴が掘り進められることもなかった。
 モグラは何も考えないことにした。それが彼のできる最良の方法に思えたからだった。以前までは多少なりともあった同僚への嫉妬や憧れも、あまりに長く同僚の背中を見続けるうちに消え失せてしまったようだった。そして現実問題、どんどん掘り進められる穴の中には、もうただ彼の気持ちを遊ばせておけるような余裕は無くなっていた。同僚ほどではなくても多少穴の事情を知ってきた彼の元には多くの仲間たちが話を持ってくるようになった。だから最早彼の頭には何も考えないようにする他に無かったのかもしれなかった。
 「ヴぅッ!!! グゥ・・・! ぎぇぁエ。 ・・・。」
 その日もいつも通り、穴を掘っていた。午前中の事だった。ただ黙々とガリガリ穴を掘り進めていると、後ろから誰かが小さい足音を立てて近付いてきた。モグラは手を休めなかった。後ろからの足音はさらに近付いてきた。モグラはまだ手を休めなかった。自分のすぐ後ろあたりまで近付いた足音はいつの間にかピタリと止まっていて、ふと集中の切れたモグラは思い出したように顔を上げ振り返った。そこには同僚が立っていた。どれくらいそこで私を待っていたのか。
 「どうしたの。」
 「少し、話さないか。」
 休憩所までの道中、何か話そうと話題を考え続けたが何も思いつかなかった。ちょっとした世間話をしようにも、彼とはもうここ数年は仕事の話しかしてこなかった。初めて出会った頃の私たちは本当になんでもないような事からどんな話をしても笑えていたのに。なんの話題を出せない私も、私を誘っておいてずっと口をつづんでいる彼も、随分変わってしまったのかもしれないと思った。
 「で、話ってなんだい。」
 缶コーヒーの蓋を開ける軽い間抜けた音を契機にやっと声を出せた。
 「うん。」
 彼もまた、何とも言えない落ち着いた微笑みを顔に張り付かせて、やっと声を出した。
 「俺、昇進するんだって。この穴の責任者になるらしい。」
 「・・・おめでとう。」
 「・・・ありがとう。」
 「良かったじゃないか。」
 「・・・ありがとう。」
 「それで、俺に何の用だ。」
 「え、あぁ。いやぁ、今日、仕事が終わったら飲みに行かないか。」
 「・・・まぁ、いいよ。」
 「ありがとう!」
 「どうしたんだよ。いつもは他の奴らと飲んでるんだろう。」
 「え、あぁ、まぁ、今日は久し振りに君と飲みたかったんだよ。」
 今の彼にはいつも、まるで取り巻きのように仲間たちが集まっている。彼はいつもその中心にいる。こいつは話し相手を選ぶことができる。
 今日は俺を選んだ。なんでこいつは俺を選んだんだ。それは、俺がこいつの比較対象で、俺がこいつを祝わざるおえない立場にいるからなんじゃないのか。こいつからしてみれば俺はいつも負け役だったんだろう。俺は精一杯やったのに。俺は真面目に穴を掘り続けたのに。
 「・・・俺は責任者になるかもしれない。でも君も凄いよ。君の穴掘りには本当に惚れ惚れする。掘った穴の壁も綺麗に整えてるし、自分のやり方を真っ直ぐ貫いてる。俺はただ深く掘ってるだけで、脇道ばかりして・・・。」
 「もういいか。」
 「え、あぁ、時間を取ってゴメン。じゃぁまた仕事終わり。」
 「じゃあな。」
 モグラは同僚と別れてから、自分の持ち場、穴の一番奥に戻り、ヘルメットと手袋を外して、散らかっていた道具を綺麗に脇に並べた。そして並べた穴の中から手頃なのを1本取って鞄に押し込み、ランタンの灯りを消して、そのまま洞穴に帰った――――。
 「・・・・・・。」

 「ハッ!!」
 モグラは真っ白な世界で目を覚ました。その白は、積もった雪の白でも、夏の入道雲の、湿った白でもない。酷く懐かしいのに全く身に覚えのない光の大地だった。
 「あ、起きた。」
 声の方に視線を向けると、そこには荘厳な作りのデスクに向かって書類仕事をこなすスーツ姿の男が座っていた。目覚めた自分を見物するかのようにペンを止め、優し気な顔にニヤニヤとした表情を浮かべこちらを見てくる太縁眼鏡の初老風の男は、やはりどこかニヤついた口調で、しかし明るく良く通った声で話しかけてくる。
 「まぁ、取り敢えずお疲れ様!」
 「あなたは、」
 「そう。いかにも。神様だ。」
 「俺は・・・」
 「そう!君はちゃんとここに来たよ。信じられないかい?ちょっと待って、現世での君の今の状況がたしかここに・・・」
 「あ、いいです。」
 「・・・ま、そうだよねぇ。」
 どうやら神様らしい男はガサガサと机の脇に重なった書類の山を探るのを止めてまたこちらにパッと視線を移すと、机上に立てた肘の先で絡めた指に顎を置いた。
 「じゃ、次の人生行ってみようか!」
 「もう!?」
 「時間に囚われてないココでいくら待ってても、君にも私にもあんまり意味が無いんだ。」
 「・・・そうですか。」
 「・・・そうだ!!君はメチャクチャ頑張ってたから、何か特典を上げるんだった。いけないいけない、忘れてた。」
 「特典って、なんですか・・・。」
 「ほら、なんかさ、あるじゃん。二重まぶたとか、記憶力が良いとか、活舌が良いとか。」
 「あぁ、そんな感じなんですね。」
 「君には他にも色々あるよぉ?・・・おっ!これいいねぇ!親が金持ち!将来は社長さんかなぁ!?」
 「おい、神様。」
 「なんです?」
 「俺は、そんなに誇れる人生じゃなかっただろう。何にもなれやしなかった。ただのノロマな穴掘り屋だっただろう。」
 「うん。君がここに来るまでを見ていて、君がそういう考えなのは何となく見当が着いていました。しかし、もう終わってしまった人生だけれど、私は君に君の人生の総括を客観的にお伝えすることになっています。そういう仕事なんです。」
 「俺は・・・」
 「君が自らここに来た事の理由は、君が君自身を客観視できなくなって悲観的になったことに一因がある。」
 「・・・。」
 「無理に考えなくていい。ここでは、変な話、のんびり落ち着いて欲しいんだ。もう君としての未来は無いからね。気楽になってほしいんです。」
 「俺は頑張った。でも結果は伴わなかった。」
 「そう、そこなんだ。君は自分を悲観的な方向に勘違いしていた。答え合わせをすると、君は充分優秀で、実は後少し時間が経てば色んな事が報われる筈だったんだ。」
 「どういうことだよ!」
 「全て教えてあげてもいいんだけれど、私の経験上それはあんまりしたくない。折角頑張り尽くしてここまで来た人を余計曇らせることに意味は無いからね。」
 「俺は優秀じゃなかっただろう。穴掘りしか取り柄が無いし、その穴掘りだってアイツに及ばなかったんだ。」
 「・・・お?おぉ。そういうことですか。」
 「俺がこの先も生きていたとして、どんどん・・・色々なことが悪くなるだけだったに違いない。」
 「アイツ・・・アイツねぇ・・・」
 男はまた机の上の書類の山をガサゴソと動かし始めた。その膨大な枚数の紙は、普通なら取っ散らかって数枚は机からこぼれ滑り落ちてもおかしくない程の量だが、それを男は神がかったように整った手つきで四隅を合わせながら、まるで都心の高層ビル群のように整然と、しかしどこか揃いきっていない雑然さを持って積み上げている。その作業が何の言葉もなしに彼が神であるということの淡い説明の色さえ帯びていた。
 「俺はまだ心のどこかでアイツをまだ仲間だと思ってたのに、あの暗い穴の中で俺の目指すべき指標だったのに、とうとう本当に届かない所に行っちまった。しかもそれをわざわざ俺の所に伝えに来て。」
 「・・・俺には穴を掘るしか無かったのに、その為に今まで頑張ったし頑張ってたのに。もう俺はどうでもよくなっちまったんだ。俺にとっても、穴そのものにとっても。」
 「そのアイツって、多分あなたと一緒に穴で働き始めた同僚の方ですよね。」
 「・・・そうだけど。」
 「やっぱり。」
 「なんだよ。」
 「彼ね、死にましたよ。」
 「・・・え?」
 「なんならあなたより先にね。」
 「どういうことだよ!」
 「たしか・・・時間的には、あなたが穴を出て自分の洞穴に帰るまでの間だ。」
 「は!?」
 「あぁ・・・道理で。」
 男は手に取った数枚の書類の束をまた1枚パラリとめくった。
 「彼、穴の中で亡くなったみたいですね。」
 「説明しろよ!アイツはお前にここでなんて言ってたんだ!!」
 「なんて思ってたんですかねぇ。なにせすぐ次の命に送っちゃったからあんまり話してもいないしなぁ。」
 「・・・どういうことだよ。なんで、今の俺みたいにお前と話してないんだ!」
 「だって、彼にはなんの特典もありませんでしたからねぇ。ただ命の総括を話して、ハンコを押して、次の命に送る。それだけのルーティーンワークだったものですから。」
 「どういうことだよ。」
 「ほら、特典をあげようとした時は当人の選択と意思が大切でしょう。だからそういう人にはこうしてお話をする時間を設けているんです。」
 「・・・なんでアイツには特典が無いんだよ。アイツは充分優秀だっただろ。アイツは報われるべきじゃないのか。」
 「そう、彼は既に充分優秀だったので、特典が無くてもまぁ次の命も何とかなるので、何にもありませんでした。彼は多分、前の命やその前の命の時なんかに特典を貰ってたのかもしれませんね。ひょっとしたら僕があげたのかもしれないけど、なにぶん毎回顔も性格も変わってくるからなぁ。」
 「おい。俺が聞きたいのはそんな事じゃない。なんでアイツが死んだんだ。・・・事故だよな?」
 「いいや。自殺だったみたいですね。まぁ、最近多いですからね。」
 「アイツが・・・?なんで・・・。」
 「どうやら君の自意識における命のハイライトは彼と密接に関係しているらしい。まぁ、書類を見てもそういう感じは見て取れる。」
 「俺にとってアイツはいつの間にか光輝く目標みたいになってたよ。・・・憧れたね。アイツは俺にとって、いつの間にか、もう越えられない壁みたいに感じてきてしまって。それが本当に越えられないと、なっちまった。それで、俺は。」
 「ちょっと、いいかな。取り敢えず、君の同僚の話は後回しにしよう。君にも色々な感情や見方がある。それを私は分かっているから、そこは安心してほしいんだ。ただ、折角こうして歓談する事が出来ているからね、私も神様なりに神っぽいこと言ってみたいと思うんだ。」
 「・・・どうぞ。」
 「うん、ありがとう。」
 神はにこやけな表情を浮かべ軽く首を傾げた後、机に置いてあったよく分からない奇妙な動物のマークがプリントされたマグカップに手を伸ばし、中身をズズズとすすりながら、もう片方の手に持たれた同僚の書類と机上に広がる私の書類を交互にチラチラと確認したようだった。
 「まず、私は君たち下界のものを普段からよく見て、そして君たちが死んだ時はこうした上がってくる情報にも目を通すんだけど、それを見ているとツクヅク、君たちは実に視野が狭いと思えて仕方がないんだ。」
 こうキッパリと言っておいて、神はチラリとこちらの表情を確認するように目線を書類から逸らして向けてくる。神様でも人の顔色は伺いたくなるものなのか。
 「・・・お話の続きを聞かせて下さい。」
 「わかった。そう、さっきも君には似たようなことを言ったかもしれないんだけど、君たちの色んな悩み、それも君たちの人生に決定的な区切りが着いてしまうような、そんな大きな悩みっていうのはね、私たちから見れば何でそんなに悩んでいるのか分からないことばかりなんだ。職業とか、性格とか、主義とか。君たちはとても大切なことだと信じていて、信じるのはいいんだけれど、どうも信じすぎて色んな判断の重要な要素に浸食しすぎていると思われる節がある。」
 「俺は・・・」
 「君、なかなかいい爪を持っているじゃないか。」
 視線を落とすまでもなく、自分は既にぼんやりと自分の爪を見ていることに気付いた。穴から出る時にいつもなら手を洗っている筈なのに、今日はそれもすっかり忘れていたらしく、まだ爪は穴の土や泥で汚れていた。自分は今までずっと、この頑丈な爪で目の前の壁をただひたすらにゴリゴリと削って穴を掘り進めてきた。自分はその為にこの爪を・・・
 「そんなに頑丈でいい爪があるんなら、彫刻家とかできたでしょ。」
 「・・・は?彫刻家?」
 初めて言われたかもしれない。確かに俺の爪は石を削るなんてことは簡単かもしれない。しかし彫刻や、まして美術なんて勉強もしなかったし、芸術家なんてよく分からない職業だ。
 「後は、そうだな、打楽器奏者とか!バチなんか持たなくても、その爪で軽く小突いてやればいい音が出るだろうね。他にももっと堅実に、君は穴を掘るうちに穴の構造の知識もあるんだから、建築士とかもよくよく考えれば全然向いてたかもね。穴を掘る爪から、尖った爪の先にインクを付けて綺麗な図面を引いてみるんだ。君の爪ならそんなこともできる。」
 「建築士かぁ・・・。」
 「要は、君たちは顔を上げて、もっと世界の色んな事に目を向けるべきなんだ。本当にそう思います。自分の性格とか適性とか、下手すれば数日で変わるよう好みや性格とか。そういう可能性を広げているようで実は自分自身を抑圧して、選択肢を押し付けてくるようなものは、さっさと捨て去るべきだ。」
 「それは、正にあんたら神様の理屈だな。俺たちは自分で選択肢を絞ってるんじゃない。生れ落ちた時から、色んな部分で『そうするべき』『そうしなさい』っていう、抗えないものに縛られてるのさ。」
 「なるほど、それであなたは自死を選ばざるおえなかったと。」
 「・・・それは。」
 「私たちだってね、あなた達一つ一つのちっぽけな命に一々大きな価値を感じたりはできないけれど、やっぱりこれから良くなる人生を放棄してここに戻ってくるのを見るのは少しもったいないとも思うんですよ。その理由も聞いてみればあなたたちの言うようなちっぽけな束縛なんだ。疑問だね。」
 「やっぱり神様には理解できないでしょうよ。」
 「『綺麗な穴掘りは苦手。しかしひたすら深く掘る事は得意。人当たりの良い性格。周囲からの信頼を得やすい。本来趣味は内向的で会話を続けると疲労が溜まる。断るのが苦手。』」
 「なんの話をして・・・」
 俯いて項垂れていた肩を上げると、神はさっきから手に持っていた書類の内容を読み上げているようだった。あの書類の内容は・・・
 「『責任感は強い反面、大きな責任に精神的苦痛を感じる。』」
 「おい、それって・・・」
 「『孤独が苦手。』」
 「そんな、じゃあアイツが死んだのは・・・そんなこと・・・で・・・」
 「同僚さんはあなたが穴にいない事に気付いて、どう感じたのか。私も聞いてませんからね。詮索しても仕方ない。それに、あなたもここに来たわけだし。」
 「・・・。」
 「だから、次の命では、次こそ、もう少し上を向いてから足元を見下ろしてみるくらいの事をしてみるのをオススメしたいな。」
 「・・・あぁ。」
 「さぁ、特典を選んで。」
 神様はまた机に積み上がったビル群を動かし始めた。今度は机の上に隙間なく並んでいたビルをさらに倍の高さに積み上げて机の両端に動かし、中央が広く開くような形にした。生前に読んだ神話に似たような話があった気がする。
 そして今度、神様は机の棚を引き出して何枚か新たな紙を並べていく。どれも表題には、生きていた頃にそこそこ羨んだくらいの言葉が並ぶ。
 「さぁ、選んで。」
 一通り眺め、その中から1枚を手に取った。もう一度内容を読んでみる。この内容を覚えた所で、新しい”私”はそれを忘れているだろうし、実際の私はもうこれで終わるわけだから、あまり意味の無い行為かもしれない。
 紙を神様に渡す。
 「・・・うん。君ならこれを選ぶんじゃないかと思ってたんですよ。」
 「神様には何でもお見通しか?」
 「まぁ、神ですからね。」
 「はは。嫌味ったらしくて、あんたにはあんまり手を合わせる気にはなれないよ。」
 「最後に、また私の為に質問をしても?」
 「どうぞ。」
 「生まれ変わるなら何になりたいですか?」

 朝日を眺める親鳥の羽に包まれた卵が今正にヒビを入れ、隙間から漏れる光線に目を刺される瞼の奥の雛鳥の目には、紛れもない再会の喜びが燃えていた。

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顔と夢
MyLifeOfMusic
511文字1分

無題
MyLifeOfMusic
3,496文字6分

モグラの空
MyLifeOfMusic
8,878文字17分
2

リクエスト作品として書かせていただきました。テーマは「社会生活を営む中年の苦悩から自死に至るまでの経緯を描いた作品」です。

チンポ人間
チンポ人間 3話
MyLifeOfMusic
2,125文字4分

チンポ人間
チンポ人間 2話
MyLifeOfMusic
3,055文字6分

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