春、並木道。

 チリチリ、チリチリ。チェーンとギアの噛み合う音。私の好きな音。
 ザラザラと地面を踏みしめるタイヤのゴムに纏わりつくピンク色の鱗が、視界の下にチラチラ映り込む。
 「ハ・・・。ホッ・・・。」
 線路脇の並木道は緩やかな下り坂。最初に少し漕いだら、後は足を止めてスーっと流れにまかせる。すっかり暖かくなった日差しにはそろそろこのマフラーも暑いかもしれない。
 チリチリ、チリチリ。気持ちも新たに油を注した自転車が心地いい音を立てる。
 今日は一年で一番この並木が綺麗になる日。少し姿勢を伸ばして目線を上げれば、道の向こうまで桃色の日差しが斜めに差し込む春の小路。
 「なんでこんなに明るいんだろう。」
 無数の花びらに透かされ真っ黒な幹の影を落としても尚、春の日差しは凍てついた大地を溶かすようにアスファルトを暖かい白桃色に染める。
 なんで毎年この日は風が吹かないんだろう。真っ白な陽気が毛布みたいに全身を包み込んでくる。
 「暖かい。」
 チリチリ、チリチリ。
 まるで目覚ましみたいに足元で騒ぐギアの音に急かされ、またペダルを漕いだ。

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