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隣の鳥は青い31話

  学校が夏休みに入った。
夏休みに入ると、必然的に家にいる時間は長くなる。
理子はみんなが喜ぶ長期の休みが嫌いだった。
朝から晩まで家事をやらされ、夕方に夏休みの宿題をやるころには疲れ切って集中することができなかったからだ。
そんな時、少し楽しみだったものが届くことに胸を踊らせていた。
「りぼん(少女漫画)の全員プレゼントのポーチ、早くこないかな」
正月にもらったかよからのお年玉をずっと隠し持っていたので、500円切手を送って好きな漫画家のイラストが描かれたポーチが応募者全員プレゼントの企画があり応募したのだ。
しかし、数か月たっても理子の元には来ない。
そんな時、
「おねえちゃん、これいいだろう~」
後ろで5歳になった瀬利名が、理子に声をかけた。
「もう、おねえちゃんはそれどころじゃないの」
ふと、瀬利名の方へ振り返ると、瀬利名が自分に送られてくる筈の全員プレゼントのポーチを見せびらかしていた。
「瀬利名、それ、どうしかの?」
そう尋ねると、瀬利名は当然のように、
「お母さんにもらったんだよ」
「え・・・」
ーー何で勝手に私物を開けてしまうの?
ずっと楽しみにしていたポーチなのに、何で勝手に開けて瀬利名にあげるの?泥棒じゃない!!
「返して、それは私のだよ!!」
無理矢理にポーチを瀬利名から奪い取ると、瀬利名が大声で泣き出した。
「どうした、瀬利名!?」
居間で昼寝していた沙知美が、あわてて出てくる。
「お母さん、これは私のポーチなのに、瀬利名が持っていたから返してもらおうと思って。」
正論を言った理子だが、沙知美がそんな理屈を認める筈もなく、理子の頬を力いっぱいひっぱたいた。
その拍子で玄関のドアに背中を打ち、左手が郵便受けの上のガラスに当たりガラスが割れた。
左手からは血が出ていた。
その様子をみても沙知美は動じることなく、理子の前に仁王立ちした。
「これはどう見たって、瀬利名のような年齢の子が使うものだろう?誰宛とか関係ないから!!」
今の出来事におびえている理子の後ろに、人影があった。
怯え切った、向かいの家の奥さんだ。
更にその後ろには章がいた。
「!?」
驚いたと思った瞬間、少し顔を青ざめる沙知美。
ーーもしかして、お母さんが怒られる?
ーー・・・そうよ、怒られればいいんだわ、いくら外ずらが良いお父さんでも、怒るよね?怒られてしまえばいいんだわ。
理子はきっと沙知美が苦しむほどに、章から怒られることを期待した。
しかしーー
章が沙知美に言った言葉は、あまりにも情けなかった。
「お前、ちょっとやりすぎだぞ、いくらしつけでもやりすぎた」
ーーえ?
ーーそれだけ?しつけ??
理子の左手から、血が滲み出てくる。
「お向かいさんも、驚かせてすみませんでした」
「え、あ、はい・・・」
顔を青くして、震えながら章に回覧板を渡して、逃げるように去っていくお向かいさん。
理子は楽しみにしていたポーチを盗られ、相変わらず虐待から守ってくれない章に失望し泣きながら外に飛び出した。
当然のように、誰も理子を追ってこない。
 1時間くらい目的もなく、歩いた。
空は少し暗くなっていた。
「あのおやじときたら、外ずらばかり良くして嫁の尻にひかれて情けない男!!」
歩き疲れて、森にはいってしまった。
森の中の道の横にある、長ベンチに腰を下ろした。
小虫はうようよいるが、少し風が出てきて気持ちが良くなった。
そんな時、少し遠くの方で人の声がした。
「涼しくて気持ちがいいわ」
「ああ、そうだな」
理子と年齢が近そうな、男女の声だった。
自然に体が動き、大木へ身を隠した。
単純にカップルの邪魔してはいけないと思った。
「もう帰らないと、真っ暗になるよ」
ーーあれ?この声は・・・
身を隠したまま、声のする方へ目線をやる。
「あ!」
男の方は、支恩だった。
女子と二人で、この森の中を歩いている。
「そういえば、うちから大川先輩の家は割りと近かったかも」
ーーというか、彼女いるんじゃん。
少しショックを受ける理子。
一緒に歩いている女子は、支恩と似た雰囲気で銀縁の眼鏡をかけて、大人びて黒いストレートヘアで頭が良さそうなタイプだった。
「支恩のお母さんって、私のこと相当気に入っているんだね。お嫁に来てほしいって」
ーーえ?親公認?
「母は頭の良い子が好きだからな」
彼女の顔も見ず、淡々と答える支恩。
「浮気しないでよ~学校が違うから心配~」
彼女は支恩の前に立ち、右手で支恩の右腕を掴んだ。
そして支恩の唇に、自分の唇を重ねた。
一瞬の出来事で、理子は固まってしまった。
自分の体が石になったと思った程だ、そして全身の血液が逆流したのを感じた。
支恩は彼女にみられないように、こっそりと右手の甲で自分の唇を拭いた。
「帰ろう・・・」
歩こう大会で見た、無邪気な支恩はそこにはいなかった。
理子は大木の下で、座り込んでいる。
目を見開いて、涙を流している。
「これは何なの?これが異性を好きになったということ?」
「何で、私は泣いているの?」
自問自答しても、当然のように答えはみえない。
「はじめて私を誉めてくれた異性、これからも誉めてもらえると思っていた、そんな訳ないのに」
いつも持ち歩いているルリビタキのキーホルダーをポケットから出して、自分の目の前に持ってくる。
「私だって誉められたい、大事にされたい・・・お母さん、私はそれも許されないの?」
ふと、足元にある鋭利な木のくずがあることに気づく。
少し血が染まって乾いた手で、その木を広い反対側の手首に当てる。
「お母さん、今すぐに会いたい」
鋭利な木で、手首をゴシゴシをこすり、じわじわと出血していく。
数分繰り返すが、やはり自分で行うには手加減してしまう。
「こわい~やっぱりこわい~~~」
結局、手首を切るのはあきらめて、使っていた木は投げ捨てる。
チチチチ・・・・
近くで鳥の声がした。
あたりはだいぶ、暗くなっていた。
鳥の声がするが、鳥が人に近づいてくるわけがない。
チチチチチチ~
ーいや、本当に鳥の声だ、間違いない、しかも近くにいる。
目をこすってみると、本当に近くに鳥がいた。
「本当にいる」
暗くて鳥の色まで確認できないが、きっと、いや・・・理子の目には青い鳥が見えていた。
「ルリビタキ?」
黒いつぶらな瞳で、理子を見つめてくる。
吸い込まれそうな、澄んだ瞳。
理子の肩に乗って、必死にくちばしで理子の涙を拭いているように見えた。
「ありがとう・・・」
そう理子が言うと、鳥は飛び立っていった。
「誉めてくれたり、慰めてくれるのは人間とは限らないね」
理子はそう解釈し、家に向かった。















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