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自分を知らないのは、自分

人が本当にやりたいと思っていることには、何の疑いもなく「あなたならできる」と言えるのに、自分のことになると「私にそんなことできるのだろうか」とブレーキをかけてしまう。人のことは迷わず「信じてる」って言えるのに、自分のことはそれほど信じ切れていない。。私の長らく付き合っている心ぐせである。最近、ご縁ある方に近況報告をするようになって、それはきっと「自分を知っているつもり」だったからなのかな、と思うようになった。

独立して事業をやろうと決め、動き出すにあたり、コーチングをお願いすることになった。コーチングには興味もあるし、自分で学んだこともあるから、どんなものかは大体知っている。プロのコーチの友人もたくさん知っていたが、たまたま「お願いしよう」と思った方は、あまり「私」という人間に対する思い込みがなかった。私の経歴やキャラクターの前提にとらわれず、目の前にいる今の「私」にたえず伴走してくださっている。これまでできたんだからとか、今までこうしてきたんだから、という過去からの実績評価ではなく、今から私が何をしたいのか、にひたすら光を当ててくれることで、今までできていた「つもり」の自己承認を、本当の意味で出来るようになった気がしている。

自分がこれから何をしたくてどうありたいか、こうして不特定多数の人が見ている場に綴るのには不思議と抵抗がない。しかし、これまでご縁のあった方たちの顔を思い出しながら自分のことを話すのは、どこか腰が引けていた。自分がやろうとしていることを品定めされるのではないか、余計なアドバイスをされるのではないか。心配されたり大変がられたりするのではないか…そんな不安がよぎって、動けなかった。「ありのままの私を見てほしい」と人には言いたいのに、私自身が自分にたくさんレッテルを貼っていたのだと思う。

しかし、コーチングのおかげもあり、自己承認力が徐々に上がって、自分の目指す世界が明確になったおかげで、そんな臆病な自分も認められるようになった。連絡はその時その時「この人に」と思ったらすればいい。義務感を捨てて、自分のペースで。それができるのが一人の良さなのだから。飾らず、肩に力を入れすぎないでいこう。自分の直感に従おう。私は自分が思うより強くないし、人とのつながりを持とうとがんばりすぎると、すり減ってしまう。自分の心を保ちながら、でも一人でできないことは支えてもらう。手探りではあるが、人との距離感がやっと掴めるようになってきたかな、と思う。

と、ここまで読むと「こんなヤツが人の話なんか聞けるのか?」と思うかも知れないけれど、そこはご安心を。冒頭に述べた通り、人の可能性を信じて疑わないのが、私の心ぐせだから。

※何となく前に進めない、目の前の課題を一人で越えられそうにない、と思ったら…お気軽にご相談ください。→ https://rain-sound.jimdosite.com/

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