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「目が覚めたら乃木坂4期生の○○でした」 第12話

ある朝目が覚めると女の体に、しかも乃木坂4期生の17人目になっていた××(現世名:○○)。
お見立て会へのレッスンが進んでいき、不可能だと思われていた特技のアクロバットが思いの外できるとわかったことで少しだけ肩の荷が降りる○○。
そしていよいよ会場リハーサルと本番がある…。

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不安要素だった自己PRのアクロバットがそこまで高いハードルではないとわかったその夜。

自宅のソファに身を投げ、○○は、いや、その中の××は考える。

××(特技、か…。)

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《××の頃、小学校時代》

先生「では新しいクラスになったので、自己紹介カードを書きましょう!」

先生「書いたカードは教室の後ろに貼るからね!」

小学生××(……。)

4年×組 ×× ××
《趣味・特技》
なし

その後掲示された自己紹介カードを眺めるクラスメイト達。

クラスメイトA「なぁ、××、何だあれ」

クラスメイトB「趣味も特技もなしって…そんなことある?笑」

クラスメイトC「みんなバレエとかサッカーとか何かしら書いてるのにね〜」

××(……。)

《数年後・××、中学時代》

クラスメイト「なぁ、お前部活何にするか決まった?」

××「さぁ、俺、趣味とか特技とかないからさ」

××「これが出来るからこの部が向いてる、とかもなくて」

クラスメイト「そういやお前小学校の時からずっとそうだったな」

クラスメイト「3年ぐらいお前と同じクラスだったけど3年間ずっと趣味特技なしって自己紹介に書いてたし」

クラスメイト「でも部活加入は必須だし、適当なとこ入るしかないんじゃない?」

××「まぁそうなるよね」

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バスケ部部長「おい××、お前だけ遅れてるぞ!」

バスケ部部長「他の部員とも実力の差が開いてる!」

バスケ部部長「お前何しにこの部に来たんだ?バスケが好きだからじゃないのか!」

××(違う。どこかしら入らなくちゃいけないけど男子はほとんど運動部だからそれに合わせただけだ)

××(クラスメイトから勧誘もされたし)

××(だから別にバスケが好きだったわけじゃない)

入ってみてわかったが、××のいた学校のバスケ部は大部分が幼少期から外部のバスケチームに所属していたり、小学校の頃のクラブ活動(※)においてバスケ部を選択していた者たちばかりだった。

※クラブ活動
中学から部活が始まるにあたり、小5、6で少しだけ規模や活動時間を縮めた部活の予習のようなものを行う活動。作者の地域ではそんなのがありました。

部長「おい、××、どこへ行く!」

部長「この後シュート練の後ミニゲームが」

××「部長、俺ここ辞めます」

××(俺は…得意として出来るものは何もないのか…)

《高校受験期》

××「先生、話というのは?」

教師「あぁ、これなんだけどな」

そういって教師は一枚のシートをこちらに差し出してくる。

教師「これから面接練習が開始されるわけなんだが、ここの項目」

《長所》
なし

教師「面接で、しかも長所で『なし』はマズいよなぁ…。」

××「実際何も思いつかないんですから、仕方ないかと」

教師「ほら、何かしらあるだろ、集中力がある、とか、野球何年続けてましたとか、色々書き方はあるぞ?」

××「全部当てはまりません」

教師「そうだ、クラスの子達とか友達に聞いたらどうだ?『俺の長所って何だと思う?』って」

××「4、5人に聞きましたが、全員思いつかない、ないんじゃないか、という回答しか帰ってきませんでした」

教師「そ、そうか…うーん、弱ったなぁ…。」

他者4、5人に聞いて全員から「お前が他より優れているものはない」と同じ意味の発言が返された屈辱。

××の自尊心は更に崩壊を起こしていた。

《高校生》
教師「皆さん入学して間もないですが、皆さんは一年生のうちから進路を少しずつ決めなければなりません」

そう言いながらプリントを前列の生徒に配る教師。

やがて××のもとにもプリントが回ってくる。

『進路実現に向けて自己分析をしてみよう』
《自分の得意なこと、好きなこと(長所)》
ここから君がどの分野に向いてるのか調べてみよう!

××(……。)

教師「で、何も書けなかったと?」

××「はい」

教師「小中学生の時はなんて書いてたの?」

××「何も書いてません」

教師「え?」

教師「××君さ、何でも良いから長所の一つや二つ言える人間じゃないと、」

"この先生きていけないよ?"

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《現在》

○○「…ッ!」

○○は目を覚ました。

どうやら過去の事を思い出しながら寝落ちしていたらしい。

時間を見ると、幸いにもまだ5分ほどしか経ってない。

朝になってなくて良かった。

○○「…余計なことまで思い出してしまったな…。」

××は小学校の時からプロフィールの特技の欄が埋まらなかった。

中学生に上がるとそれは「長所」というワードに変わっていき、受験などにおいて大きな役割を果たすことになった。

もちろんその欄も空欄。

特技がないなどあり得ない、何かないのか、そんな嘲笑や叱責の一つ一つが屈辱だった。

そして問題があったのは特技だけではなく、他にも……

○○「…うっ!」

首から上に強烈な不快感を覚え洗面所に駆け込む。

○○「ゲホッ!ゴホッ!おえっ!」

咳き込んだり何かを吐き出そうとしてみるが何も出てこない。

どうやら身体に異常はないらしい。

○○は洗面台に手をついたままその場に崩れ落ちる。

○○「ハァ…ハァッ…。」

××(ダメだ、思い出したくない…。)

あんな人生のことなんて。

××は、この不快感は××の本能による危険信号だと理解した。

気分を落ち着かせ立ち上がると、鏡が目に入った。

鏡に映る○○の姿。

○○「お前は誇れる特技があっていいな、○○」

鏡の中の虚像にそう一言言うと○○はリビングに戻った。

××だった時の人生はあまり思い出さないようにしよう。

よっぽど楽しい今の人生が壊れる。

××(うん…?待てよ…?)

××(楽しい…?今の○○として生きていることが…?)

××(俺は、本当に元の世界に戻りたいのか…?)

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月曜日。いよいよ今週末にお見立て会だ。

4期生達はいつものようにレッスン所に集められていたのだが、何やら勝手が違う。

集められて待つ事数分、入り口のドアが開いた。

?「こんにちは〜…」

?「どうも〜」

そこに入ってきた人物を見て4期生たちは皆声をあげて驚く。

賀喜「えっ!?」

矢久保「西野七瀬さん!?」

柴田「中田花奈さん!?」

周りと顔を見合わせながらザワザワとし始める4期生たち。

それは○○も例外ではなかった。

××(驚いたな…そういえばドキュメンタリーで4期生は西野七瀬さんとレッスンを一回だけ行ったってあったが、まさかお見立て会、しかも今日だったとは…。)

西野「えっと、今日一日、私達が皆さんのレッスン講師を、務めさせてもらいます」

4期生「えーーーっ!!」

またしても驚きが隠せない4期生一同。

中田「4期生のみんな、今日はよろしくね」

4期生「よろしくお願いします…!」

そんなこんなでお見立て会に向けたレッスンが、いつもとは違う講師で開始された。

西野「ちょっと違うかな…ここは…」

矢久保「こうですか?」

西野「そうそう!」

○○は比較的後列の方から一緒に踊りながらも2人の方を見ていた。

××(そうか…これが先輩との初対面だな、少なくとも俺としては。)

恐らく彼女らは合格した直後から今日に至るまでの期間で先輩達への挨拶は済ませてあることだろう。

しかし残念ながらそこに参加したのは自分ではなく○○なのでその記憶はない。

それに、西野七瀬はこれがほぼ最初で最後の対面になるだろう。

彼女は4期生と入れ違いと言わんばかりに卒業していく。

このレッスンもほぼ入れ違いになる彼女達のために運営が設営した貴重な交流の機会だろう。

そんなことを考えていると…

中田「ねぇ、そこの…えっと、○○ちゃん!」

○○「…あ、はい!?」

中田「表情が固いよ。笑顔笑顔!」

中田「というか、上の空って感じだったけど、何か考え事でもしてた?」

○○「いえ、特には…」

中田「今はレッスン中だから、集中してね」

中田「これからの乃木坂は君たちにかかってるんだから」

○○「あ…はい」

××(君たちにかかってる、ね…。)

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しばらくして、ひとしきり練習が終わって雑談が繰り広げられている頃だった。

西野「ねぇ…○○ちゃん?」

○○「えっ…西野さん」

唐突に西野から話しかけられて動揺してしまう○○。

レッスン中は考え事をしてたりレッスンの真面目な雰囲気で紛れていたが、ずっとファンだったアイドルに話しかけられるというのは緊張する。

その辺りは他の4期生と何ら変わりない。

西野「なんか…お見立て会の服装で困ってるみたいらしいな?」

西野「さっき真佑ちゃんと賀喜ちゃんが話してるの聞いた」

○○「あー…」

田村(お見立て会で着る服大丈夫…?ここ最近ずっとそのへん心配な服装でレッスン来てるから…。)

賀喜(家に行って一緒に服決めてあげようか?え?それはいい、って、ホントに大丈夫?)

まだそういった痕跡はないと思ってはいるが、万が一、何かに気づかれて自分が本当は○○ではないと怪しまれたら困ると考えた××、もとい○○は賀喜のそういった誘いも断っていた。

とはいえ、ファッションセンスは男のままである××がお見立て会の服装に迷っているのは事実。

服装からイメージが決まることもあるから清楚感などを意識して、などとスタッフから言われたが、考えているコーデを写真で送るとみんなからあまり芳しくない返事が返ってきていた。

○○「そうですね、中々決まらなくて…。」

バツが悪そうに頭を掻いて答える○○。

西野「そんでな、今日ちょうどメンバーに配ろうと思ってた要らない服を持ってきてあってん」

西野「だからよかったら、少し持って行かん?」

○○「えっ…いいんですか!?」

すると急に西野が顔をグッと近づけてくる。

ドキッとした○○は咄嗟に顔を引いてしまう。

西野「他の子達には…内緒やで?」

○○「…はい」

あざとい。男だったら落ちてる。

そして西野は顔を上げると

西野「他の子達に知られたらみんな欲しくなっちゃうかもしれんやろ?」

西野「自分で言うのもなんだけど、お見立て会が私の服ばっかりになるのは困るからな〜」

と笑って言った。

長年モデルを務めたファッションリーダーにしか言えないセリフだ。

そうでなくても西野七瀬は加入当初からファッションセンスがいいと一目置かれていた。

この申し出は願ってもない機会だった。

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レッスンはその後も滞りなく進んだ。

やはり先輩を前にして気合が入ったのだろう、皆んなの目つきがいつもと変わっていた。

いつもが腑抜けていた、というわけではないが。

かくいう○○も、ずっと他のメンバーを観察してただけではない。

練習を繰り返していくうちに精度が上がっていき、今では細かい指先の動きや表情の角度にまで気を配れるようになって来た。

そして、レッスン後…

《会議室》

ガチャッ…

○○「失礼します…。」

西野「お、来た来た」

事前に西野から伝えられていた落ち合い場所に来た○○。

会議室のテーブルには沢山の洋服が並べられていた。

○○「わぁ…綺麗」

○○「これ本当にもう着ないんですか?」

西野「うーん…買ったは良いんだけど私の雰囲気に合わないかなって」

西野「でも○○ちゃんなら似合うのってあると思うからさ」

西野「まだ表で一度も着てないから変に特定とかされそうにない服だけ選んだし」

○○「…ありがとうございます、レッスンに加えてこんなことまでしてもらって」

西野「全然。残り少ない先輩として後輩をサポートしてあげられる機会だからね〜」

○○「…そうでしたね、卒業するん、でしたね…。」

そう、11月の中旬ということは西野は既に卒業発表を済ませている。

グループとしての活動も年内いっぱいだ。

西野「うん、まぁね」

西野「後の乃木坂を頼んだよ?」

先ほど中田からも言われた言葉。

自分がこれに頷いて良いのか迷いがあった。

つい先ほどまでは。

だが、ここにいるのが自分ではなく本当の○○なら、どう回答するだろうか。

或いは、今後もずっと××が○○として乃木坂の活動に臨むと考えた場合、どう回答すべきか。

結論は一つだった。

○○「…はい!」

○○は、力強く笑って返事をした。


《帰宅後》


西野からもらった服たちを試着して姿見の前に立ち、時折クルクルと回ってみる○○。

○○「これが女の子らしい清楚な服、ねぇ…。」

○○「確かに自分じゃ見つけられないというか、あっても買おうとは思わないというか…。」

××(いや、それ以上に西野さんセレクトの服だ。まず間違いないだろう)

これで服装問題は解決した。

自信を持って舞台に上がっていいだろう。

○○「…にしても…。」

○○は姿見に映る自分の姿をじっくりと見る。

鏡の中の○○もこちらを見つめていた。

○○「やっぱり可愛いんだな、○○って…。」

××(流石、世界が違うとはいえ乃木坂に入るだけはあるな…。)

服装のおかげか、じっくり鏡を眺めたからか、改めてそれを実感する○○。

そして、居間にかかったカレンダーを見つめる。


『木 武道館リハーサル』

『日 お見立て会本番』


第12話 終

続く

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本当は今回会場リハーサル回を書きたかったんですけど、西野七瀬×乃木坂4期生がお見立て会の時期だと知ったもので、急ピッチでプロットを大幅変更、文の増量をしたため、更新が遅くなってしまいました…。
でもどうしても西野七瀬回は書きたかったんですよ…。
それと、文字数も他の話に比べて多めです。どうかお許しくださいませ…。

次回会場リハーサル回、その次お見立て会本番回で予定しています、お楽しみに。

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