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「想い人にかける魔法」

昼休み。

この高校には中庭や昇降口前のロビー、渡り廊下など、さまざまな場所にベンチやテーブルが設置されている。

いわゆる談笑や昼食にうってつけのスポットだった。

今の僕は青空の下ベンチの一角で昼食を済ませ、教室に戻る途中。

廊下を歩いていると、ガタン!と自分の数メートル先で物音がした。

そしてふとある部屋が目に止まった。

教室ではない、部屋だ。

なぜそこに目が止まったかと言えば、いつもならその部屋は沢山の錠による施錠と「開けるな!」の、わざわざラミネートされた張り紙により閉鎖されている。

故に、何の部屋かさえわからないので、「部屋」としか呼びようがない。

少なくとも教室ではない。

その部屋は通称「開かずの間」と呼ばれ、時折生徒の根も葉もないオカルト話の題材になっていた。

そんな開かずの間が、開いている。

しかも物音は確実にその開かずの間から聞こえた。

僕は抑えきれぬ好奇心のまま、扉の前に向かう。

そして中に入る。

そこは6畳ほどの小さな部屋。

全体的に汚い。壁も床も、あらゆるところに埃がついている。

当たり前か、開かずの間で何年も誰も立ち入ってないんだから。

そして、どうやら他の階の同じ位置にある倉庫と部屋のレイアウトは変わらないらしい。

掃除ロッカーも同じ位置、だがダンボールなどを置く物置棚がない。空白の多いスペースだった。

その代わり、掃除ロッカー以外無のような空間に、大きく目立つものがひとつ。

真っ黒な金庫。

学校という場所には場違いすぎるその代物に目を引かれた。

そばに寄ってみてまず気がついたのは、その金庫が異常なまでに綺麗だったこと。

他はこんなに汚れてるのに。

○○「最近誰か来ている…?」

扉に手をかけてみると、開いた。

開錠されている。

中には何が入っているのか、金銀財宝?それとも化け物?

なんて事はなく、キィー…という軋みながら金庫が開く音と共に現れたのは、1冊のノートだった。

○○「…ノート?…なんか拍子抜け…。」

ずいぶん古い。年代物のノートだ。

だが表紙を見ると、そこに書かれた文字に目を疑う。

不思議現象研究ノート
乃木坂高校に伝わる魔法について
─上巻─

○○「魔法…?」

その日から、僕の日常は一変した。


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ある日の休み時間。グラウンドの離れ。

○○「…よし、誰もいないな。」

僕は人目がないことを確認し、人差し指を出す。

○○「ルミナ。」

すると指先からポッと光の玉が出て、やがて消える。

僕が手に入れたこの本は、誰かが過去に作成した魔法の書のようなものらしい。

そこに書いてあったのは魔法の内容と呪文の一覧。

今使ったのは明かりを灯す呪文。

これが本物の魔法の書だと知ってから僕は休み時間になると、人目のつかないところでこうして魔法の効果を実験したり、練習したりしていた。

これはとても便利だった。

物を浮かせる呪文。

○○「フロート。」 

ノートから手を離すと、ノートが宙に浮かび舞う。

そして落ちる。

遠くのものを掴む呪文。

○○「ハンディオ。」

ノートが手に吸い付くように飛んでくる。

よし、中々慣れてきた。

この能力は中々便利なもので。


先生「よーし!今日は抜き打ちで小テストを行う!筆箱も全部しまって〜。」

男子「げっ、マジかよ…。」

女子「聞いてないんですけど…。」

先生「そりゃ抜き打ちだからな。よし全員行き渡ったな、じゃあ始め!」

○○「…真実を映し出せ、ジャーメント・エンクロー。」

用紙を指さしながらそう小声で唱えると、紙面に文字が浮かび始める。

間違いない。これが答えだ。

途中過程の説明まで完璧。



なーんてこともあったり。

○○「今日はこの辺かな…。」

ノートを閉じ、教室に戻ろうとする。

プーーーーーン…。

○○「ん、虫…。」

そりゃ今夏だしここ屋外だし、いても仕方ないか。

○○「アクセラ。」

そう唱えると周りのものの動きが遅くなる。

いや、ノートを見るに、正確には僕の動きが速くなってるらしい。

そして、いた。ちょっと大きなハエだ。

指を指す。

○○「ポーテス。」

ハエがどこかに消えた。

特に行き先を思い浮かべなかったので、多分あのハエはどことも知れぬところ飛ばされ今も元気に飛んでいることだろう。

○○「さて…。」

歩き出して1分ほど。激しい物音がした。

音のした方を見ると、3人の男子が1人の男子を壁に押し付け囲んでいた。

いじめっ子「お前ふざけんなよ、あ?」

いじめっ子2「今日中に1人10000円のはずだったよね?」

男子「ごめんなさい…もう無理です。」

いじめっ子「あっそ、じゃあ2度と命令破りがないように、体に教え込まないと。」

いじめだ。

あいつらはガラが悪いことで有名だったが、まさかいじめまでやっていたとは。

人目につきにくい休み時間が終わるギリギリを狙ってやるあたりタチが悪い。

周りには僕以外誰もいないし、あいつらも油断しきってるのか気づいていない。

そう、誰もいない。

テストでズルをしておいてなんだが、僕は人を傷つけるような悪いことが大嫌いだ。

中でも、いじめと犯罪は絶対に許せない。

激しく沸く、憎悪と不快感。

このぐらいやってもバチは当たらないよね。

だってこれは正義なんだから。

やったところで、悪人が3人減って、救われる人の方が多いはず。

ノートにあった、禁じられた呪文。

使われた対象は息絶える、死の呪文。

指を差し向け、唱える。

○○「アバダ…」

??「○○くん!」

○○「!?」

咄嗟に指を引っ込める。

振り向くとそこにいたのはクラスメイトの筒井さんだった。

容姿端麗。おしとやかな雰囲気。話してると落ち着く。

僕は彼女を意識している面があった。

本当は虜の呪文を使って惚れさせたいところだけど、それは何か違う気がして使っていない。

要するに、魔法では解決できない片思いという悩みの相手。

筒井「どうしたの?こんなところで、もう授業始まっちゃうよ?」

○○「あ、うん!今行くとこ!筒井さんこそ、こんな時間にどうして?」

筒井「あー…私は図書館で調べ物してて、その帰りに○○くんがいたからさ。」

○○「そっか。」

筒井「よかったら、一緒に教室戻ろ?」

○○「えっ…!う、うん、いいよ?」

筒井「…やった。」

○○「ん?今なんか言った?」

筒井「ううん何も。さ、行こ?」

○○「あ、うん…。」

歩き出した筒井さんの後を数歩追った後、振り返る。

○○「ロテクタ。」

いじめっ子「覚悟しろよ?」

男子「うっ…。」

殴りかかろうとしたいじめっ子。目を瞑る男子。

次の瞬間。

ガゴン!

いじめっ子「…いってぇ!!」

男子「…?」

男子の寸前で拳が弾かれた。

いじめっ子3「え、何やってんの?」

いじめっ子「わっかんねぇけど、今なんか、壁みたいなのが…。」

○○「バグナ。」

するとどこからか、突如として大量の虫がそこら中から湧き出てはいじめっ子たちを襲い始める。

いじめられっ子の彼にはまるで触れる事なく。

もう、その群れが一つの大きな生物であるかのようにあからさまに黒く視界に映るほど大量の虫が。

いじめっ子「うわっ!なんだ、虫!?」

いじめっ子2「キモいキモいキモい!」

いじめっ子3「うわっ!服の中入ってきた!噛まれた!」


○○「フフッ…ベー。(σ-д・´)」

筒井「○○くーん?どうしたのー?」

○○「ごめんごめん!今行く!」

いじめっ子達の悲鳴を背に、僕は歩き出した。


…にしても、どこか呪文の効果が強目に感じたのは気のせいかな?


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筒井(ビックリしたぁ…。)

まさか○○くんも魔法使いだったなんて。

私はチラリと自分の持っているノートの表紙を見た。

不思議現象研究ノート
乃木坂高校に伝わる魔法について
─下巻─

偶然だった。

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数日前。


筒井「あれ?開かずの間が…開いてる。」

私は図書館で勉強した後、教室に戻ろうとして、強く施錠されていたはずの開かずの間が開いていることに気がついた。

中に入ると、そこは埃っぽくて汚くて…。

一刻も早く外に出たかったけど、ふと、真っ黒な金庫が目に止まった。

反射的に扉に手をかけると、施錠はされておらず、そこにあったのは2冊のノート。

不思議現象研究ノート
乃木坂高校に伝わる魔法について
─上巻─

不思議現象研究ノート
乃木坂高校に伝わる魔法について
─下巻─

筒井「…魔法?」

そんなことを呟いた途端、廊下から足音がした。

○○「んー!いい天気!食べた食べた!」

筒井(誰か来る!)

私は咄嗟にノートを掴んでそのまま開かずの間を後にした。

ガタン!

○○「ん…?」

焦りすぎて扉に体をぶつけたけど、足を止めず走って逃げるようにその場を去る。

後で確認してみると、2冊とも掴んだつもりが、下巻一冊しか掴めてなかった。

そして放課後になって開かずの間に戻ってみると、もうノートの上巻はなかった。

思えば、あの時近づいてきてた人こそ○○くんだったんだろう。


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魔法のノートを読んだ帰り、○○くんがいじめっ子達を指差して呪文を唱えようとしている場面に遭遇した。

驚くのも束の間、一瞬で気づいた。死の呪文だと。

それで咄嗟に止めに入った。

禁じられた呪文って書いてあったし、それ以前に人の息の根を止める呪文なんて。

そんなの『好きな人』に使って欲しくない。

そう、私は○○君が好き。

優しくて、落ち着いてて。波長が合うんだ。

本当は虜の呪文を使って両思いにしたいところだけど、そんなのズルいしつまらない。

だから、虜の呪文は使わずに○○君に好きになってほしい。

けど、彼の殺人行為は止めたとはいえ、いじめっ子は放置できないので。

筒井「ロテクタ。バグナ。」

いじめっ子達の断末魔が聞こえる。

少しだけ気分をスッキリさせて、2人で教室に戻った。

そういえば、○○君の持ってるであろうノートの上巻にはどこまで共通の呪文が書いてあるんだろう…?

同じように虜の呪文が書いてあって、○○君がそれを他の誰かにかけたりしないかな…。

いや、もしそうならとっくにやってるはず。

そんな素振りが見られなかったあたり、まだチャンスはある。

もしかしたら、好きな人が現れてないのかも。

だとしたら、好きな人が現れて虜の呪文を使われる前に、私が彼をものにする。

必ずあなたを、虜の呪文よりも強い魔法で私のものにしてやるんだから…!




これは、恋の魔法に落ちた2人の魔法使いが、お互いに魔法を使ったり使われたりしながら、時にすれ違い奔走する物語。

最後には、どんな幻想的な物語よりもロマンチックな結末が待っているのだが、それはちょっと先のお話…。




想い人にかける魔法



(多分続きません…。)

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