序章

 一つの部屋がある。
 それほど広くない部屋には、小さな机と椅子が1セットが中央に設置されていた。
 その場所を誰かに教えるかのように、天窓からの月明かりがスポットライトのように机を照らしていた。
 どうやら普通の部屋ではないようだ。どんな部屋でも必ずあるものがどこにもない。
  アンティーク調の机の上に、一台のパソコンが置いてある。どうもミスマッチな組み合わせに見えてしまう。
 しばらくすると部屋の隅になにかが現れたようだった。どこからともなく現れたのは人影のようにみえる。
突然、この扉のない部屋の中に...
「え!?ここどこ!?」
 現れた人影が声を上げた。
小柄な女性のようだ。年齢的には20過ぎ、濃いブラウンの髪はセミロングのストレートヘアではっきりとした顔立ちをしていた。その中でも特徴的なのが眼力とも言えそうな強い眼差しだ。今はその目にも動揺が窺える。
「...」
突然のことでなにが起こったのか理解できていないように、呆然としていたが、糸が切れた人形のようにへたり込んでしまった。
 しばらく呆然としていたが、ゆっくりと立ち上がり机に近づいていった。
「なんなん?この部屋?」
椅子に座った瞬間、急にパソコンが作動し始めた!
「うわぁ!なに!?」
驚きのあまり椅子から落ちそうになりながら、モニターを見つめた。
 モニターに映し出されたのは、文章にもなっていないであろう文字の羅列だった。その文字が高速で流れ始め、徐々に理解できる文字が中央に映った。

 ようこそ  観測者になりえる方よ

「はぁ?」
どこから出たのかわからない声が部屋に響いていた。直後にモニターの文字が変わっていった。

 驚かせてしまい 申し訳ありません

「え!どっかから見てるん!?」
あたりを見渡してみても誰もいない。

 あなたの思考を読み取って会話しています

「怖っ」
 あなたに危害を加えることはありません
「いや!思考を読むとか怖すぎるし!」
「てか、ここどこ?」
 観測者の部屋です
目まぐるしく変わるモニターに少し慣れたのか、会話?が成立していく。
「私はなんでここにいてるの?」
 あなたにはこれから様々なものを
 観ていただきます
「見るだけ?」
「何のために?何か意味があるの?」
 その質問には いまはお答えできません
「それもやけど、ここどこなん?」
少し冷静になってきたようで、声が落ち着いてきていた。
「それに...私は誰?」
 ここは観測者の部屋です
「それはわかったけど、私は誰なん?」
頭の中に暗幕を張られたように、自分のこともわからなくなっていた。何も思い出せそうにはなかった。
 ご自身の名前はわかりますか?
「ちょっと待って」
彼女は目を閉じしばらくの沈黙の後、俯向きながら答えた。
「...ツバキ...?」
 そう答えた瞬間、彼女の中でなにかのスイッチが入った。
 改めて ようこそツバキ
 観測者の部屋ヘ
 これからあなたに様々なものを
 見てもらいます
モニターに映る文字も心なしか明るく見える気がした。
「見たらここから出れるの?」
 その質問には いまはお答えできません
「私に何をさせたいん?」
 見ていただいたものに対しての
 感想をお聞きしたい
「それだけ?そうしたら私のこと思い出せるの?」
少し焦りとも怒りとも取れるような声が響いた。

 その質問には いまはお答えできません
「なんなん?答えられへんなら意味ないやん...」
少し落胆したような声で呟いた。
「でも、(いまは)って答えてるならそのうちわかるってこと?」
 肯定します
 あなたには 見たものに対する感想を
 正直にお答えいただきます
 彼女は天窓を見上げていた。
 それほど大きくない天窓だが、星と月が見えていた。
「...わかった。じゃあ、なにかわからんけど見たらいいんやね?早く見せてもらおうか?」
 なにか思うところがあったのか、彼女の決意は決まったようだった。
 天窓をもう一度見上げ、深呼吸を一つしてからモニターを見つめていた。
夜空には、三日月が浮かんでいた。

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