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5-1.行政から見た自殺予防の課題①ー東京都福祉保健局保健政策部課長向山さんインタビュー後編

特集(自殺予防実践の現場から見た、実践・研究・行政上の課題)
向山倫子(東京都福祉保健局保健政策部健康推進事業調整担当課長)
末木 新(和光大学 教授)
自殺予防マガジン "Join", No.5

東京都健康推進事業調整担当課長である向山さんをお招きし、自殺対策の現状とその課題についてお聞きしました。こちらはインタビューの後編になります。なお、このインタビューの内容は、向山さん個人の見解に基づくものであり、所属する組織を代表するものではありません。

東京と地方での自殺対策の違い

【末木】先日、都立大の勝又陽太郎先生へのインタビューで、新潟と東京での自殺対策の違いということをお聞きしました(参考:研究者から見た自殺予防の課題①)。新潟と東京都ではかなり同じ都道府県といっても人口の規模感など様々な面で違いがありますが、何が違うと感じるか聞いたところでは、東京のような大都市では一つ一つの対策・事業が別々に委託されていて、地域の核になる支援者(例:保健師さん)がリスクの高い人を継続的に見守っていくというような体制が取りづらいということをおっしゃられていました。その辺りについては、いかがでしょうか。

【向山】東京などの都市部では対策にかけられる予算の面では恵まれていると思いますが、おそらく、地方の中であればコミュニティの中で解決できることが解決できなくて、それがサービスに置き換わって余計にお金がかかることもあると思います。どちらが効果的なのか、正直ちょっと分からないです。

【末木】地方の自殺対策みたいなものっていうのは、ある種ひとつ型があると思っています。やはり地域のつながりを使っていく、というのがひとつの形としてあると思います。地域の中でハイリスクな人っていうのを抽出して、そういうところを保健師さんのような地域のキーになる支援者が丁寧に回っていくとか、そういう人たちに声かけながらコミュニティでの集まりみたいなものを活性化していくとか、そういったやり方っていうのがひとつ定石としてあると思います(参考:松之山モデル)。

一方で、僕なんかはずっと東京に住んでいますが、「地域? コミュニティ? いやそんなものほぼないだろ。生まれてこのかた感じたことないぞ」「マンションの隣の人とか知らんし」みたいな感じにどうしてもなってしまう。そうなった時に地方で実践されてきたような、人と人とのつながりとか地域のつながりみたいなものを強化していこうみたいなやり方に、あまり現実味を感じられないんですね。こういう、ある種の定石的なやり方は都市部では非常に使いづらい。都市部の自殺率というのは、人口構造上高齢化率が地方より低くなることもあって見た目上はそこまで高くは見えないですが、対策のエビデンスレベルで見ると「何が使えるのだろう?」みたいに感じてしまう部分もあります。

【向山】そうですね。都の過去5年間で言うと、40~50代の男性/有職/離婚ありの人が一番ハイリスクなんですけども、そういった都市の特性によって自殺に追い込まれやすくなってしまっているのか、という点は気になります。中高年男性では、あまりコミュニティという話は関係なさそうでしょうか。

【末木】中高年男性にとっては、コミュニティという話が関係ないのではなく、コミュニティが職場しかない、職場以外のコミュニティを作ろうにもそんな時間はない、せいぜい家庭に時間をかけるので精一杯ということが問題のような気もします。実際におじさんになってくると、実感としてそう思います(笑) 職場か家庭の二つしか人間関係がないので、離婚して職場でもうまくいっていなければ、もう他に対人資源がないということかもしれません…

【向山】今のところ、中高年の男性については、職域でしかアプローチできないように感じています。自殺を考える方というのは、人と人との関係性が失われた方で、特に男性で言うと、退職後に仕事から離れるともう本当にアプローチができない。図書館とかに来てくれれば、まだいいんですが。

【末木】中年以上の男性へのアプローチは本当に難しいです。私には地方での生活実感はないのでわからない部分もありますが、少なくとも東京なんかに住んでいると、地域のコミュニティみたいなものはそんなにないわけです。さらに、コロナ禍で集まれない。親族でもなかなか集まりづらかったりする日々が続いてしまっている。そうなってくると、つながりとかって言っても、どこから作っていいのかすら分からないみたいなところもあります。

自殺対策における行政官の重要性

【末木】ここまでの話を聞いて思ったことですが、自殺対策だけではないかもしれませんが、こうしたものを進めていく上では、行政の担当者がどれだけの力を持っているのかというところが非常に大きいなと、今日話を聞いていて改めて思いました。自殺対策とか自殺予防についてメディアなどで話す人や、あるいは何かを書く人というのは、いわゆる研究者や医者、予防活動の実践家であるとか、そういう人が多いわけですけど、(私程度の)研究者が何か言ったところでですね、はっきり言って、別に対策は進まないんですね。

自殺対策に関わる中で、色々と対策の進め方に関する考え方が当初とは変わって少しずつ路線変更をしているという話もありましたが、そういうところも含めて、行政の担当官の力量はとても重要だと思います。私の知る範囲ですが、少なくとも現状、東京都では相談事業についても専門家(注:私ではありません)と協議し、色々なデータ分析をしながら事業のデザインに変更を加えており、こうした取り組みは大変素晴らしいと思います。

とはいえ、今は自殺対策に関わる行政の担当部署というのは、都道府県ではなく市区町村レベルでもあるわけでして、そういうところまで考えると大変多くの行政官が自殺対策に関わっていることになります。そうした現状の中で、自殺対策を進めるために、行政の方で力をつけていくというか、担当者の力量を高めるみたいな部分で、やっていくべきことというのは何かありますでしょうか?

【向山】担当者の力量を高める上でやっていくべきこと…。私は、かつて厚生労働省に出向していたことがありまして、国だともう少し研究者の方との距離が近いです。基本的に各課は何かしら法律を持っていて、その法律の改正なんかをするにあたっては審議会を回して、といった機会があります。そういう中で、研究者と議論をしたりという機会もありますし、その際に、こちらもやはり勉強しなくてはならない (笑) 現在でも、相談事業の分析を専門家の先生にしていただいていますが、そういう関わりの中で、当然こちらも対話や議論の相手として価値が出るように勉強します。そういう機会がもっとあると良いだろうとは思います。

【末木】そんな役立ち方をしてるとは知りませんでした (笑) そうか、じゃあ我々ももっと関係を持った方がいいんですね。

【向山】そう思いますね。私も学部生くらいの時は、研究者になりたいと思ってた時期がありました。ただ、指導教官からは行政に行けと激しく勧められて、その時、研究者になってもやりたいことはできないみたいな言い方をされたんですよね。社会を変えていこうと思うんだったら行政に行けみたいなことを言われたんですけども、でも、いざ行政官になってみると日々なかなか勉強する時間は取れないです。もちろんやる気の面もありますけど、日々、そういうことが求められないんですね。切った貼ったの世界で、ちゃんと専門的な文献を読む込むみたいなことを評価される雰囲気でもないというところもあります。

【末木】それこそ色々な政策に対して、エビデンスに基づいて進めていこうみたいな話というのは、別に自殺対策だけの話じゃなくて色々な領域であると思います。エビデンスのようなものを踏まえた上で、行政を進めていくことが内部で評価されるような仕組みが必要なんだとは思うんですけど、どうしたらいいんでしょうか。

【向山】私がこのあと職位が上がっていくことがあり、部下がそういう風にしてくれたら、それは評価すると思うんですね。ただ、今はそういうことは全体として見ればまだあまり行われていません。例えば、私が、「◯◯先生にお願いして△△のデータ分析をしてもらっているんです」とか言っても、周りは興味を示さないというか、「ああそうなんだ」っていう感じです。部長クラスになるともう自分で事業を動かすなんてことはありませんので、やはり、課長くらいの時までにエビデンスに基づいて政策を進めていくことの価値が分かるような経験を積んでいく。そういう経験をした人たちが上位のポストに行くのを待つしかない部分はあると思います。時間はかかりますが。

【末木】いえいえ。でも確かにいきなり大きくは変わらないと思うので、少しずつそういう機会を作れるように我々の方も協力していく必要があるのだと思いました。「あ、こいつら意外と役に立つぞ」というふうに思ってもらえれば、アカデミアと行政との交流の機会というのもおそらく増えていくんだと思います。それが最終的には、さっき言ったようなエビデンスに基づく政策の実行みたいな、非常に大きな話につながってくんだなと思いました。

そのために、我々も実際に具体的な政策の現場にいらっしゃる行政官の方と協働して効果検証をしたりとか、そういう機会というのを、もっともっと増やさなきゃいけない。ただ、そのためには多分お互いにそうだと思うんですけど、そういう時間であったりとかが取れるようにしなくてはなりません。大学教員も、どうしてもなかなかに忙しくて、「そういうことやってる場合じゃないよ」みたいなふうになってしまうところもあると思います…

行政と研究者の協働に向けてできること

【向山】(アカデミアの)先生方にも、是非、気軽に行政に声かけていただいたら嬉しいですね。

【末木】研究者の方でも、自分の研究内容を政策に反映していただきながら、もっと社会の役に立ちたいと思ってるところがあると思います。研究するといっても、個人で出来ることにはやはり限界もあり、行政と一緒にやるからできることというのも、凄くたくさんあると思います。私自身は、これまで行政もそうですし、企業やNPOなどと一緒に研究をやる機会も多い方だと思いますので、すごくそういうことを感じるんですけど、研究者の側はどういうふうに行政にアプローチしていくといいんでしょうか。

【向山】不勉強なせいもありますが、行政の側は、その領域でどういった研究者の方々が活躍されているかということを、なかなか知れません。ですので、本当にこう大変厚かましいお願いにはなりますが、研究者の方から連絡をいただけるとありがたいというのが一つあります。あとは、研究者がメールアドレスを公開しておくことも大事だろうと思います。問い合わせしやすいですし。

あとはやはり、行政として気になる部分としては、謝金についてでしょうか。謝金が必要かどうかというところを初めにはっきりさせていただけるとすごく助かります。謝金の準備となりますと、まず予算がなければできないということもございますので…

【末木】あとどうなんですかね。どういうきっかけで連絡すればいいのでしょうか。本とか論文を書いた時に送ってもいいんですか?

【向山】もちろん、もちろん。

【末木】例えばですけど、各自治体の関連する担当部署に本や論文が届くと、どんな風に扱われるのでしょうか。

【向山】必ず回覧されますね。ただ、DVDとかCDは多分開かないので、紙ベースがいいです。関連する内容のものであれば、回覧は絶対しますし、そこに、「もし、ご興味があったらご連絡ください」と書いてあれば、連絡しやすいです。逆に質問ですが、研究者の方は、謝金はなくとも、データがあってそれが論文で発表できればやってもいいかなって思われるものでしょうか?

【末木】もちろん人にはよると思いますけど、研究者の評価は基本的に論文で決まりますので、「論文にしてもいいよ」と言われたらやるという人はいると思います。もちろん、更にお金になったら嬉しいですけど (笑)

企業の研究はまた別ですが、学術機関に所属する研究者にとってみると、論文になって成果が発表されるということが世界に対して貢献するということだと僕は思っています。なので、やっても「それは公表できない」とか言われるとガクンとやる気なくなっちゃうかもしれません。

企業の関わりの中ですと、どうしても企業利益との関係で公表できないっていうことが当然あるわけですよね。しかし、公的な機関というのは、別に東京都がやったことを神奈川県に教えちゃいけないってことはないわけで、東京都でできたことがほかの自治体、ひいては世界中に役に立つというようなことの方が税金の使い道としては有意義だと思います。それに反対する人は基本的にはいないと思うので是非、政策の効果の実証みたいなところにも予算をつけて、呼んでいただけると「やりたい!」って言う人はいると思います、僕以外にも。

【向山】あとは、学会のご案内を行政にもいただけるとありがたいです。

【末木】「学会」とか言うと結構近寄りがたいところもあるかもしれないですが、自殺予防学会なんかは行政の方、政治家も参加されているなど、非常にオープンな雰囲気です。コロナ禍では、学会も全てオンラインとかでやったり、発表も動画やzoomで、というものも増えてきました。こういう情報を、もっと行政に届けられると良いのかもしれません。

自殺対策だけではないと思いますが、様々な福祉関連の政策を進めていくにあたっては、やはり3者(実践家・行政・研究者)で協働していくような場をもっともっと作っていくことが、結果的には20年後、30年後にエビデンスに基づいた政策が実行されるのが当たり前という世界につながっていくのだろうと思いました。アカデミアの方でも、そういう部分で貢献できるよう、少しずつ協働の場を増やしていきたいと思います。

本日はありがとうございました。

【向山】ありがとうございました。

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以下、前編へのリンクです。

■責任編集 末木 新(和光大学 教授)

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