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5-1.行政から見た自殺予防の課題①ー東京都福祉保健局保健政策部課長向山さんインタビュー前編

特集(自殺予防実践の現場から見た、実践・研究・行政上の課題)
向山倫子(東京都福祉保健局保健政策部健康推進事業調整担当課長)
末木 新(和光大学 教授)
自殺予防マガジン "Join", No.5

本日は、東京都健康推進事業調整担当課長である向山さんをお招きし、行政の立場から見た自殺対策の現状とその課題についてお聞きしました。なお、このインタビューの内容は、向山さん個人の見解に基づくものであり、所属する組織を代表するものではありません。

自殺対策に関わる行政官としての仕事の概要

【末木】本日はよろしくお願いいたします。まず最初に、向山さんがどういったお仕事をなさっているのか、具体的な中身をお教えいただきたいと思います。

【向山】はい。今、私は東京都福祉保健局保健政策部健康推進事業調整担当課長というポストで仕事をしています。私自身は、受動喫煙対策およびタバコの関係、それから自殺の関係と、大きく2つの柱を所管するポストに就いています。管理職として、都の自殺対策を担当している者、責任を持っている者、という感じかと思います。

職員の概要を説明させていただきますと、私の下に自殺対策の係長がいまして、その下に保健師を含めて職員が4人おりますので管理職1名+職員5名の体制で東京都の自殺対策をやっているというような感じになります。自殺対策の中身としては、法定計画である東京都自殺総合対策計画の内容に掲げたものを着実に実行していくということと、それとは別にその時々のトピックというか、自殺者の増加に応じて、緊急的な対策を行うこともここ数年は多くございます。その時々に急いで政策を考えて予算が必要なものについては、年4回ある議会に補正予算として上げて、ということがあります。そういった対策を実施しているというところです。東京都の政策も少しご説明したほうがいいですか?

【末木】是非、お願いします。

【向山】自殺対策については、全体的予防介入と選択的予防介入、個別予防介入ということで、東京都では基本的にはそういった考え方に応じてやっています。自殺者年間3万人という時代にはじまり、令和2年度くらいまで(コロナ前まで)は自殺者が減少してきましたので、自殺対策については既存事業が中心になっていたところはあるかと思います。そのときに都の施策の中心となっていたものは、自殺相談ダイヤルという電話相談事業でした。施策としていえるものはそれくらいしかなかったのではないかと思います。そのあとSNSの相談事業も始まり、相談事業に現在も予算のほとんど、約75%を投じている状況です。

ただ、令和2年くらいから、自殺者が増加をしました。これを受けて色々考えていく中で、結果としておそらく都全体の施策を見直すきっかけにもなったと思っているんですけれども、ここ1年半〜2年くらいは、全体的、選択的、予防的、個別的というのを、バランスよく、というふうに計画を考えてやっております。

全体的予防介入のところでいうと、普及・啓発ものは、いろいろやっております。例えばゲートキーパーの普及啓発の動画を作ったりであったり、こころといのちのほっとナビという東京都のホームページも運営しております。自分の悩みに応じて相談先が表示されるという感じです。それから選択的予防介入でいいますと、今のところ電話相談と、SNS相談をそれに位置づけております。それから検索連動広告も、予算を増やしてやっております。それから個別的予防介入でいうと、自殺未遂した方を地域の支援機関に繋ぐという窓口を運営しております。それを今年の3月くらいからは人員を強化してやっているというところですね。

あとは、今までの話で抜けているところですと小学校5年生以上高校3年生までの全学年に対して、夏休み前に自殺予防に関わる情報をまとめたような小さなリーフレットを配布したりとか、相談窓口が載ってるリーフレットの配布もやっております。3月の自殺対策強化月間と9月の自殺予防週間のときにはキャンペーンもやっております。

 個別的予防介入のところでは、研修もやっておりまして、区市町村職員の方々や、医療機関の看護師さん、医師の方向けにやっております。また、自死遺族支援をここに置くのがいいのかわからないんですけれども、自死遺族支援というのも、分かち合いの会であるとか、自死が発生した場合に必要な手続きや相談窓口についての情報をまとめたリーフレットの作成と配布を行っております。だいたい自殺対策の概要というのはこんなところでございます。

【末木】今までは相談事業に予算の75%くらいが置かれていたところから、全体的予防介入、選択的予防介入、個別予防介入のバランスを考えて、もう少しずつ予算配分にも変化をつけていくような変化の時期にあるというようなことだったと思うんですけれども、今の予算配分はどうなっておりますでしょうか。

【向山】現状では、令和4年度においても75%くらいは相談事業関係です。自殺相談ダイヤルは年中無休でお昼の正午から翌朝5時半までやっていますので、やはりそれだけでもかなりの費用がかかります。私が今最も力を入れたいと思っているのは個別的予防介入のところでして、この自殺未遂者対応地域連携支援事業〜東京都こころといのちのサポートネット〜と難しい名前がついているのですが、これをようやく昨年の第4回定例会の補正予算で体制を強化していただくことができましたので、今後はこちらにももう少し力を入れてやっていきたいと思っています。

【末木】自殺未遂者対応地域連携支援事業の中身は、具体的にはどのようになっているのでしょうか。

【向山】これは、自殺未遂者を支援している方、つまりご本人ではなく、基本的には支援している方からの連絡を受け付ける窓口なんですね。どうやって未遂者の方に対応したらいいか分からないという相談について、スーパービジョンを提供するような窓口といった感じで運営しています。ただ、まだ都内の区市町村でも、自殺未遂者支援に取り組めてないところが多くありますので、現状では直接的な支援を含めてやっています。その他は、警察とか救急から身体的な外傷はなくて、とはいえどこにも運べないような時に、どうしたらいいか、というふうな相談も受け付けているところです。

【末木】そのスーパービジョンは誰がやるんですか?

【向山】メンタルケア協議会というところに委託しているんですけれども、そこにいらっしゃる精神保健福祉士の方などがやっています。

【末木】なるほど。そういう人たちが実際に支援をしてる人たちの支援をする。

【向山】そうですね。それが基本です。ただ現状では、実際に未遂者ご本人に対する支援も行っていますね。毎年何十人かはやっています。

【末木】なかなか全部切り離すというのは難しいかもしれないですよね。

【向山】そうですね。その直接支援することによってノウハウが蓄積されていくところもあると思いますので、全てが無くなるというわけではないと思います。年中無休なんですけれども、ただ、せいぜい数人くらいの体制ですから、都内で起きた全ての未遂者の支援は当然できないわけでございまして、区市町村にある程度担っていただくっていうのが今後のあるべき姿だろうなというふうに思っています。

自殺対策に関わる行政官が考える現状の課題

エビデンスに応じた政策の策定

【末木】なるほど。向山さんは今のポジションに就かれてから1年半ほどが経過しているわけですが、その中で、現状の課題としてはどのようなことを感じられておりますでしょうか。

【向山】そうですね、やはり、就任当初、私も自殺について全然勉強したこともなかったので、自殺相談ダイヤルやSNS自殺相談の応答率を聞いて、「ああ、もうこれはどうにかしなくちゃいけない」と、もうとにかくこのダイヤルとSNSの応答率を上げることが第一だというふうに、最初の4月から6月くらいまでは考えておりました。ちょうどその、様々な方面からそれが求められていた時期だったので、応答率を上げることに奔走していました。

それと並行して、「なんで自殺って起きるのかな?」とか、「自殺を防げた研究ってあるのかな?」みたいな、自分なりに学びを深めていく中で、「あ、なんか私って違ったな」という風に思うことも増えました。当初に感じたことは、必ずしも過去の知見というか、先行研究に基づいたものでは無いと思う部分もあります。

しかし、一方で、おそらくそれは自然な反応だったと思います。素人というか、あまり自殺について知らない人がまず考える予防に必要なことは、相談のことになります。それは都の課題と直結すると思います。議会の、すなわち都民の代表というところですけれども、議会もそうですし、私が調整をすべき私より上の立場の人々、カウンターパートの財政当局も、自殺対策については相談事業が第一というか、それを非常に強く主張してきます。一方で、より予算を投じれば自殺者を減らすことができる政策も、相談事業とは別にまだあるわけです。そこがなかなか理解されないというのが一番の課題だなというふうに感じています。

【末木】なるほど。議会も、都の職員も、やはり危機介入的な相談事業みたいなもののところにどうしても目がいってしまう。そこの応答率の低さとか、そういうところにまずは着目してしまうけれども、他にも自殺対策としてやった方がいい事業はあり、そういった方向にはなかなか目が向かないことが課題の一つであると。

【向山】私自身は、エビデンスという言い方が正しいのか分からないんですけれども、限られた予算なので、効果が実証されたものに優先的に投じるべきなんではないかというふうに思っています。それはこの中で言ったら、この、未遂者支援の部分かなというふうに思いますし、あるいは検索連動についても、これはかなり昨年度の職員が頑張ってくれまして、見直しをかけています。なんでしょう...予算額だけで判断しないでほしいというか、予算は同じでも、内容を見直すことですごく効果的に機能する事業もあります。そういうこともあまり理解されなくて、予算の多寡で基本的にはその取り組みというものの価値が評価される、予算をつけたことが評価されてしまう。そこがもう一つ課題だなというふうに思っています。

【末木】東京都に限らず、国とかも、予算を取って来るということがやはりその、行政官の評価の指標の一つになるという部分はどうしてもあると思うんですけど… 自殺対策に関して今まで積み上がってきているエビデンスみたいなものを見て、効果が高いところに予算をつけていくような、そういう方向というのが今後目指すべき方向で、その一つが未遂者支援事業であったりとか、検索連動を使ったハイリスクアプローチみたいなものであったりとか、そういうものだということですね。

相談事業の抱える課題

【向山】そうですね。あとは認識が変わった点として、ダイヤルとかSNS相談の結果があります。ライフリンクさんの報告書にもあるように、自殺で亡くなった方は平均的に見て複数の危機要因を抱えてらっしゃったかと思うんですけれども、自殺相談ダイヤルや SNS 自殺相談では個別具体的な悩みはなかなか解決できないんですよね。もちろん、死にたいという気持ちが高まっていて、それをほぐすという役割はあって、それができていればもちろん意義があることだと思ってるんですけれども、それだけではなく、個別具体的な問題解決ができるものについては、そのための相談窓口を紹介してつないで差し上げたい。ひとつでもまずは具体的な問題も解決をしていきたい。ただそのつなぎができた件数というのが、非常に少ないです。年に40件くらいしかできてないんですね。

【末木】何件中ですか?

【向山】だいたい2万件です。現状、正午〜午前5時が相談の時間で、 SNS相談もだいたいこんな感じの割合です。応答率が3割くらいという感じで、死にたいと言う方は相談の1割くらいなんですね。そして、このうち40件くらいを繋ぐことができているという状況です。令和2年度ですと、だいたい電話相談が2万2000件くらいあって、このうちの40件を繋げたということです。

【末木】ちなみにこれは、相談事業の目的として、傾聴ということだけではなく、問題解決のためにつなぐ、みたいなことも入っている?

【向山】入ってます。

【末木】入っているけれども、その割合がやはりかなり低くなってしまっているんじゃないかってことですよね。

【向山】はい、そうですね。

【末木】ちなみにそれは何故なんでしょうか。

【向山】それは恐らくその傾聴してもらうことを求めたリピーターが非常に多く、新規の相談者の割合が低くなっていることも影響していると思います。現状では、2万2000件のうち3割ぐらいはリピーターの方に対応しており、応答率が3割ぐらいになります。初めての方を繋がりやすくしているシステムを導入しているような事業体の結果を見ますと、問題解決のためのつなぎの割合が、相談件数の2~3割くらいになるようです。その意味では、システムの特性、都のダイヤルの特殊性というのもあるかと思います。

【末木】まあでも特殊性というより、実際にはそっちの方が普通だったりしないでしょうか? いのちの電話なども、状況としては似ているようにも思いますが…(c.f. 研究者から見た自殺予防の課題①

【向山】いのちの電話は基本的に寄付で賄われてますよね。それと税金を主要な原資として実施する事業は違う部分が出てくるのではないかという気もいたします。また、相談事業をサービスというよりはコミュニティとして見るということもあるとは思いますが、コミュニティ機能というのは、行政が提供する部分もありますが、本来は地域でのピアサポート的なもの、あるいは近所付き合いとかの中で維持されるものではないでしょうか。

それと、コミュニティも誰もが入って来られるものであれば税金の投入も良いと思うんですけど、特にこういう電話相談事業においては新規の受信率が低くなっていることからも分かるように、必ずしも誰もが公平に入ってくることができているわけではありません。

【末木】アクセスの公平性みたいなところっていうのは、確かに公的なものには重要な部分だとは思うんですけど、福祉事業へのアクセスはそもそも完全平等というわけではないですよね。例えば、保育園の利用も、点数によって利用できなかったりとか、料金が違ったりということがありますが。

【向山】そうですね。自殺相談ダイヤルも最初にどれくらい必要としているかについての判断があって、それに応じてつながるような仕組みだったらいいのかもしれないですね。とはいえ、私も予算が相談事業にばっかり、と言ってますけど、勇気を振り絞ってようやく1回かけた方の相談が繋がらないっていうのはすごく問題だと思ってるんですね。このあたりについては、どういう仕組みにするのが良いのか、非常に悩ましいところです。

足立区共通相談概要・紹介票「つなぐ」シート

【向山】すこし話は戻りますが、問題解決のために支援をつないでいくということですと、足立区の「つなぐ」シートをご存じでしょうか(※参考:足立区共通相談概要・紹介票「つなぐ」シート)。これは、区内の相談窓口に行って相談窓口を転々としなくていいように、複数の相談事項を抱えている方がいた場合に、基本情報を一枚のシートにまとめて、一つ目の相談が終わると、次の相談窓口の予約まで行ってこうしたシートで情報を引き継ぐそうです。基本的には、前の相談窓口の方が次の窓口にまで同行もするらしいんですけど。。。

【末木】おお、なるほど。

【向山】それによってちゃんと引継ぎをして、取りこぼさないようにしていくみたいなことが行えている自治体もあります。これはひとつ望ましい形だろうなというふうに思います。

【末木】なるほど。色々な窓口でここまでやれたらすごいですね。単に、次に「行ってね」とか、「紹介するね」だけじゃなくて、その先までちゃんと持っていく、みたいなところまでを手厚くやれるっていうのはとても素晴らしいと思います。自殺で亡くなる方は、身内や身近な人だけではなく、専門家ともなかなか信頼関係を作っていくのが難しいと思いますので。しかし、いわゆる電話相談や SNS 相談みたいな、非常に広くて、相談回数がとても多いようなサービスの中だと、なかなかちょっとそこまでやるマンパワーは確保できないでしょうし、今後どう改善していくか、考えないといけないところですね。

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以下、後編へのリンクです。

■責任編集 末木 新(和光大学 教授)

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