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元々苦手だからいいけど

このご時世に仕事で遠出していると、元々あまり好きでない態度がマスクの有無とか色々なもので強化される形で可視化されてしまっていて、
疫病さえなければ好きになれたのかもなぁ、っていう人や場所が多く目についてしまう。

平時は苦手なものに対して見えないフリをしていられたけど、疫病となるとそういう訳にもいかないし(自分だけの問題に留まらないので)、拒否感を発露することへのハードルが下がりすぎている。

嫌悪や拒絶の衝動を発露するのは、気分がスッとする。
これは攻撃したり陰口を言ったりといった、他者へ悪意や攻撃の意思を向けることをやめられない人類の宿痾だし、生存のために必要な精神の機序だし、
それがなければ私は今頃、病気を貰ってきてあっさり死ぬか、酸欠で朦朧とするか、ヘラヘラしながら人の家族を間接的に死なせていたかもしれない。正しさは状況によって変わる不確定ものだけど、この忌避感は間違ってはいないのだと信じたい。

「かかったときは仕方ないよね」と人は言うし、実際目に見えないものが対象なのだから肯定するしかないのだけど、だからといって運を天に任せるような態度ではいたくないし、そのような状況に無責任に加担したくない。
病気になりたい人などいないし、そもそも無差別に人が死ぬ理由が増える要因は出来る限り許容すべきではない。

今日において街中や職場で感染症対策が甘い(というより、衛生維持ができない)相手に対して舌打ちをすることは、「自分に万一があったらこいつを呪おう」という敵意を持つことだ。
倫理でも道徳でも公衆衛生でも戒律でもなんでもいいけれど、相手を攻撃する大義名分とは別に、不幸の責任の所在を定められる相手を作ることは、己の清潔さや正当性を証明するのに非常に適した方法なのだと思う。

私の周りは手も洗うしマスクもする人が多いので、結局はケガレ思想に近いところに立ち返ってしまう。
食事を共にした相手とちょっとお喋りをしてしまうことよりも街ゆくノーマスクマンの唾が怖いのは心理としても当然だと思うけれど、
「マスクをしない=対策をしていない=疫病を貰ってきている可能性が高い」という想像が容易に成り立つ。
よって「あの時のアイツ」への未確定の呪いはしばらくストックされ続けるし、時には友人や自分もその対象に含まなければならない。

動き続けてさえいれば、そういった諸々はある程度無視できるし、病気になってもそれは無責任で無神経な誰かのせいだと思えば、自責は最小限で済むけれど、
こうやって他人の行いを罵ることを続けると、普段から攻撃的な気持ちになりやすくなる気がして疲れるし、社会生活を続けながら己の清潔を証明し続けるのは、もっともっと消耗する。

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不衛生な状態が嫌いな人はいくらでもいるけれど、そうと感じる基準は人によって異なる。
好ましいと感じる味や匂いが人によって異なるのと同じで、本能的なものと、後天的に育まれた文化的背景によるものが相互に影響しあってその線引きがなされる。

高校に進学したての頃、電車とバスは梅雨や雪で必要に迫られない限りは吊り革を掴めなかったし、密室の車内や教室の複数の体臭の混ざり合ったにおいが苦痛だった。
これは思春期になりがちな他人を汚いと思う状態だったのかもしれないけれど、それは他者の痕跡が嫌だったからであって、当時の自分の中の不衛生という概念は、あまり範囲が広くはなかったように思う。

大学以降は人の影響で携帯やイヤホンやパソコンなどといったものをなんでも拭くようになったし、帰宅して最初にすることは着替えか風呂だ。これらの習慣は7,8年近く続いているし、吊り革は今でもなかなか持ち手を掴めないままだ。

幼少期の手洗い教育から始まって、屋外の草木や動物、部屋に侵入した花粉、咳やくしゃみの飛沫、口などの粘膜に触れた手、携帯に付着した汚れ、街中の地面や壁に触れた服や靴、屋外のホコリ、コンビニで買ってきたもの、外出した服や鞄や髪の毛など、不衛生のラベルは値引きシールのように、人と関わるたび、情報を得るたびに増え続けている。拡大され続けている。

ドアノブ、スーパーで買ったボトル、床に置いたカバン、そういったものは今まで「全部気にしてたらキリがないよね」くらいの割り切りができていたけれど、今では立ち止まると、カビのような黒いインクがそこかしこに付着しているのが見える。ような気がしてならない。

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夢や目標として掲げたものたちには、(正当性はともかく)何度も裏切られてきた。
明るい未来に期待するのはあまり上手なほうではないけれど、せめて「これが夜明けだ」と思えるようになりたい。
ずっと台風の目にいるような感覚が続いている。

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