イツトラコリウキとイツパパロトルは夫婦

 『テレリアーノ=レメンシス絵文書』ではイツトラコリウキとイツパパロトルはそれぞれ罪を犯した後のアダムとイヴになぞらえられているので、そこから彼らが夫婦だと考えられたのかもしれません。もっとも、日本でイツトラコリウキとイツパパロトルは夫婦だとみなされるようになったのは、アイリーン・ニコルソンの『マヤ・アステカの神話』にイツラコリウキは女性の相手イツパパロトルを持っていたと書かれていたのを「女性の相手→妻」だと解釈した読者が多かったからだと思います。この「女性の相手」は英語原文では"feminine counterpart"で、counterpartとは「よく似たもの、対になるもの」を表す単語であり、配偶者という意味はありません。
 余談ですが、「配偶神」という言葉も本来はcounterpartに充てられた訳語であり、「配偶者(夫/妻)である神」という意味ではありません。なぜcounterpartという専門用語でもない一般的な単語にわざわざ特殊な訳語を作ったのかは分かりません。ですが、「配偶」に引っ張られて「配偶者である神」という誤用の方が広く用いられているのが現状です。
 ところで、『マヤ・アステカの神話』ではイツラコリウキですが、他の資料ではたいていイツトラコリウキと書かれています。Itztlacoliuhquiなので、日本語での慣用的な表記ではイツトラコリウキとなるでしょう。ただし、ナワトル語のtlはt+lではなく1つの子音をアルファベット2文字で書いているので、実際の発音としてはイツラコリウキの方が近いです。しかし、そうするとテスカトリポカはテスカリポカになるんじゃないかとか、それはそれで他の慣用表記との統一感がなくややこしいので、私は慣用表記に合わせています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?