カナリヤ赤とんぼ楽譜画像

【無料公開】日本の唱歌童謡史講座「第4章 芸術文化人からの反抗、童謡運動とは」

第4章 芸術文化人からの反抗、童謡運動とは

前章までで日本の唱歌というジャンルが確立されるまでを解説した訳ですが、ここまで見てきたとおり、唱歌というものは、良くも悪くも真面目で優等生的で、説教くさいものとも思われるようになりました。又、政情が反映された国民教育の手段のひとつともされたことで、芸術文化人たちはそれらに反発し「もっと芸術として価値の高い音楽を子供に与えるべき」と考える人たちが登場してきました。

その先頭を切ったのが児童文芸誌「赤い鳥」の創刊者、鈴木三重吉(1882-1936)です。鈴木三重吉は夏目漱石の弟子とも言える人物ですが、若い頃から小説家として名を馳せ、30代からは児童文学に力を入れるようになります。それと同時に学校教育に於ける唱歌や説話の在り方に疑問を持つようになっていきました。

児童文芸誌「赤い鳥」は1918年(大正7年)に創刊されますが、芥川龍之介や北原白秋といった著名な文化人が多く賛同しました。当初は童話が中心でしたが、メロディの付けられた童謡「カナリヤ」が1919年に発表されました。この童謡第一号とも言うべき「カナリヤ」の作曲者は「浜辺の歌」でも有名な成田為三(1893-1945)です。

成田為三は「赤い鳥」初期に専属で作曲を担当した人ですが、管弦楽曲も多く作っている本格的な作曲家で、西条八十の舶来的でファンタジー感溢れる詞と相まって、当時大きな反響を呼び、以後「赤い鳥」には童話だけでなく童謡も多く掲載されるようになりました。

「赤い鳥」が人気を博すと、「金の船」「童話」「幼年の友」「少女号」などなど多くの子供向け雑誌が刊行され、現代も歌い継がれる童謡の名曲が多数発表されるようになります。作詞には西条八十、北原白秋、野口雨情、作曲には草川信、本居長世、中山晋平、といった人たちが活躍しました。

それまでの唱歌に対して童謡は以下のような特徴を持っていました。

・ 唱歌が明確な起承転結を整えた様式美を備えているのに対し、童謡は比較的自由な形式をとるものが多い。

・ 唱歌は音階順にメロディがつながることが多く、逆に音の跳躍は少なく、誰でも歌いやすいのに対し、童謡は躍動的なメロディが多く、歌うことが比較的難しい。この特徴は音楽的能力の高い者にとっては、唱歌はつまらなく感じ、童謡は面白く感じる、ということでもある。

・ 唱歌の歌詞が文語体であることも多いのに対し、童謡の歌詞は口語で書かれることが多く、又、擬態語や擬声語も多く使われる。

「カナリヤ」の譜面を見ると、それまでの唱歌とは違う面がいくつもあり、それが当時の人々には新鮮な衝撃となったようです。童謡のスタイルが確立されて、唱歌と並立の時代になると、下記のような状況になりました。

・ 童謡は唱歌に較べて難度が高く、音楽の才能がある者にとっては面白く魅力的であり、唱歌はつまらない、と感じた。

・ 一方、音楽の才能がとくに無い者にとっては、唱歌は歌えるが童謡は難しいと感じるようになった。

・ 即ち、唱歌は全員で行うものとして適し、童謡は音楽を志向する者に適するものとなった。

このような状況から、本来ならば「まず全員が唱歌を必修で行い、その後童謡を選択科目として教育する」ようにすれば、教育効果がとても高い組み合わせになると思われるのですが、当時両者は対立関係のようになってしまい、なかには「童謡など歌ってはいけない」と教え子に言う先生もいたそうです。現代においてはそのような対立に意味はもうないと思われますので、普遍的な価値高い唱歌と童謡を見直し、音楽教育の在り方を再構築してはどうかと思います。

さて、数ある童謡の中で代表的な1曲をあげるとしたら何になるでしょうか?これは多く意見がわかれると思いますが、ここでは1989年にNHKが行った「日本の歌、ふるさとの歌」の募集で第一位の得票を集めた「赤とんぼ」を紹介しておきます。

名曲「赤とんぼ」は作詞が三木露風(1889-1964)で、作曲が山田耕筰(1886-1965)です。三木露風は鈴木三重吉の赤い鳥運動に参加し、後に自らも童謡集「真珠島」を出版し、「赤とんぼ」は大正10年に作詞され、ここに掲載されました。それを昭和2年に山田耕筰がメロディをつけました。

この曲も童謡としての特徴が揃っていて、言葉は平易な口語であり、一方でメロディは跳躍が多く、ダイナミックな動きをしていて、シンプルな構成ながら、真面目に歌ったり演奏したりしようとすると意外に難しいことに気が付きます。

又、童謡研究家として名高い金田一春彦氏も指摘しているように、童謡には、夕暮れの風景を歌った名曲が多い、ということにも気が付くかもしれません。学校の歌う唱歌は朝礼時に皆で歌うことが似合い、童謡は放課後の外遊びから夕暮れ時に家路に向かうなかでひとりで口ずさむのが似合う、ということも言えるかもしれません。

今章では唱歌と童謡の違いについて解説しましたが、唱歌のほうも芸術的完成度の高い作品が多く生まれるようになってきます。そして、唱歌と童謡の区別はしだいに曖昧になっていき、現代人はもうあまり両者を区別せず「唱歌童謡」と一括りに認識する人のほうが多くなっていきました。しかし、両者は明確に別のものであり、その、それぞれの特徴を生かした活用が必要と思います。

次回はいよいよ本講座の最終章です。

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