神域のカンピオーネス2巻・用語集

 あいかわらずnoteのシステムや存在意義を無視して、一作家の奇特な読者さまたちに向けた企画です。
 集英社DX文庫より発売の『神域のカンピオーネス2巻』。
 その副読本となる用語集となります。
 前回同様、無駄知識ばかりの雑文、お楽しみいただければ幸いです。

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【1章】
●聖杯
 日本のみならず世界中のフィクションで大人気のアイテム『聖杯』。実はスペインのバレンシア市に実在(?)している。
 本文中にあるとおり、一世紀のシリア近辺で作られたものと鑑定されている。
 真偽はともかくバレンシア観光の目玉。
 あちらにお立ち寄りの際は是非……。

【2章】
●フェンリル
 狼のモンスターとして、ゲーム界では大人気の《フェンリル》。
 人気者過ぎて、あらためて用語解説する必要があまりないほど。とりあえず某WEB辞書を見てねでもほとんど問題ない。
(これは北欧神話の豆知識全般に言えることだが・苦笑)
 いわく、
「彼を捕らえるために軍神テュールは右腕を失った」
「あらゆる拘束を引きちぎるフェンリルだったが、猫の足音・女の髭・山の根・熊の腱・魚の息・鳥の唾から作った魔法の紐グレイプニルでようやく捕縛できた」
「フェンリルの息子も狼で空を駆ける。スコルは太陽の女神を、ハティは月の神を追いかけている」などなど。
 北欧神話において『狼』は『巨人』とならぶ敵役のツートップ。
 どんな猛獣よりも、まず狼が脅威として語られる。ちなみにフェンリルは女巨人アングルボダの子供。なので『狼の姿をした巨人』にも分類される。
 狼であり、巨人でもあるフェンリル。
 まさに北欧神話における最大の敵役だと言えるかもしれない。

●巨人ユミルのまつげと中つ国ミズガルド
 世界にまだ何もなかった原初の頃、ひとりの巨人が死に、その屍から海や陸地が生まれ、数多の生命も誕生した……。
 この型の巨人神話、実は世界各地に存在する。
 たとえば中国の盤古伝説、インド神話の巨人プルシャ。
 北欧神話もそのひとつで、巨人の名前はユミル。
 人間の住む世界ミズガルドは周囲を防柵で囲われていて、それはユミルのまつげから生まれたのだが。
 この防柵にも名前があり、『ミズガルド』という。
 世界と防柵の名前が同じなのだ。意味は“中央の囲い”。まぎらわしいので、本文中ではこのことを説明していない。
 かように北欧神話はまぎらわしい固有名詞がとにかく多い。
 リーダビリティ向上のため、今回、表記する必要のない名前は極力書かない方向で調整した。

●ヴァルキューレ
 またしても「解説する必要あるのか(苦笑)?」なビッグネームの登場。
 みんなに大人気の戦乙女。RPGやソシャゲで戦うのはあくまで最近の副業、死んだ勇者を主神オーディンの御許に導くことが本業である。
 英語ではヴァルキリー、ドイツ語ではワルキューレ。
 北欧神話の“原典”である『エッダ』等で使われる古ノルド語ではヴァルキュリア、ヴァルキュリャなど。本文中で使ったヴァルキュリエ表記はノルウェー語読みから。やはり『~e』で終わる方がしっくりくるなという、かつてワルキューレの洗礼を受けた作者の個人的好みで採用した。
 尚、彼女たちの人数、固有名には諸説あり、判然としない。
 原典の『新エッダ』からちょっと名前を抜き出すだけでもフリスト、ミスト、スケッギョルド、スケグル、ヒルド、スルーズ、フレック、ヘルフィヨルトゥル、ゲル、ゲイラヘズ、ランドグリーズ、ラーズグリーズ、レギンレイヴなどがある。

●アインヘリヤル
 死人になってからも命を懸けて戦闘訓練を繰りかえし、死んだら夜に甦り、翌朝からはまた訓練で殺し合う。
 終末戦争では巨人の軍団と戦い、全滅する運命と定められている。
 こりゃ相当なブラック企業、修羅地獄だわい、という日本的感性はまったく通用しない。それが北欧神話ワールド。
 その代わり、ヴァルキュリエの美女たちが毎夜の宴会で給仕してくれる。
『ブラック企業で過労死したら北欧神話で死んでも戦う仕事に転生しちゃった。でもワルキューレにモテモテです』
 こんなタイトルのネット小説か書籍がどこかにありそうな……。

●雷神トール
 短気で熱血漢の愛すべき好漢、雷神トール。
 もとはおそらく主神オーディンとゆかりのない農耕民の豊穣神であった。
 が、のち戦士・貴族階級にオーディン信仰が広がり、主神の息子として組み入れられたと思われる。トールは単独で祀られるケースも多く、さらに地名や人名の由来になっている例も非常に多い。ずばぬけた大衆人気を誇った神格なのである。
 ちなみに、『トール』の読みは決して原語どおりではない。
 彼の名前はむしろソー、ソールと表記すべきとされる。だが、早い段階でトールの読み方が広まっていたため、今日でもよく用いられる。

●アスガルドとヴァナヘイム
 これもまぎらわしいことに、北欧神話には“神界”がふたつもある。
 アス神族が住むアスガルドと、ヴァン神族が住むヴァナヘイム。読者の混乱を避けるため、後者については本文中での言及は最低限とした。
 両神族の差異は『同じ国内に在住の異民族』という程度。
 両者の間でかつて戦争が起こり、アス神族がヴァン神族を従属させる形で講和した。
 その際に美貌の神フレイとその妹フレイヤが人質として、アスガルドにあずけられた。ほかのヴァン神族については、さほど書き残されてはいない。

【3章】
●ヴァイキングの神話
 北欧神話はゲルマン民族の神話……という表現もある。
 が、これはあやまりだとされる。
 ゲルマン族の伝えていた神話は実像がさだかでなく、今日に残った北欧神話はあくまで中世のスカンジナビア付近に残っていた神話を資料化したもの。そうした原典が『エッダ』や『新エッダ(別名スノリのエッダ)』等なのだ。
 言うなれば、中世ヴァイキングが伝えていた神話である。
 尚、ヴァイキングの間には女性の戦士、さらには女族長もふつうに存在していたと、今日の考古学は教えてくれる。その反映だったのか、北欧神話にもヴァルキュリエをはじめとする女戦士の登場はすくなくない。

●ユグドラシルと九つの世界
 世界樹もしくはユグドラシル。
 どこかで聞いた覚えのある方も多いはずのこれも、出所は北欧神話。
 超絶巨大なトネリコの木であるユグドラシル。
 天辺に近い枝にはアス神族の神界アスガルドとヴァン神族の神界ヴァナヘイム。
 まんなかあたりの枝に大きな大陸と海があり、そこに人間界ミズガルドと、巨人の国ヨツンヘイム。この大陸の真下に地底世界ニザヴェリル(小人族の世界)がある。
 そして世界樹の根元に焔の世界ムスペルヘイムと、氷の世界ニヴルヘイム、さらに死者の世界ヘルヘイム——という構造。
 ……こうして文字で列挙されると「覚えられるか、こんなの!」と文句を言いたくなるのではないでしょうか、みなさま?

●蜂蜜酒
 人類最古の酒は何か? 諸説あるが、蜂蜜酒だとする人もいる。
 蜂蜜から作った醸造酒で、ワインすなわち葡萄酒よりも古い——と。
 ただ『君の名は』でおなじみ、より原始的な「芋や木の実、米などを原料とする口噛み酒」の方が数千~万年単位で古そうな、とも作者は思ったりする。
 さらに言えば、「地面に落ちて放置された木の実が腐りかけて、発酵したものが最古の酒では?」説に一票を投じたい気も……。

●大麦のかゆ
 実は大麦という作物、パンの材料には向いてない。
 小麦やライ麦にくらべてグルテン——ふっくらもちもち食感の源になる成分がすくないからである。が、決して作れないわけではない。小麦やライ麦のパンよりも“まずくて作りにくい”というだけで……。
 大麦のより効率的な食べ方は、煮て、おかゆにすることである。
(パンに加工する場合、麦の穂を製粉する手間がかかる。対して、おかゆなら煮るだけ。圧倒的にお手軽なのだ。味はともかく)
 そして何より、小麦よりも耐寒性にすぐれ、塩害にも強く、短い期間で作れるというメリットもあった。ビールの材料にもなる。
 古代世界の庶民にとって、大麦の方がトータルですぐれた作物であっただろう。
 美味いが寒さに弱く、連作もしにくい小麦は贅沢品だった。

【4章】
●嵐の権能
 作中に登場する神殺したちの権能、杓子定規なものではない。
 割とフレキシブルに応用が利く。このあたり、作者はアメコミ世界の超人——特にMarvelコミックのX-MENを念頭に置いている。
 たとえば磁界の帝王マグニートー。
 磁力を操る能力者の彼、作中で『自身の生体磁気に働きかけて空を飛ぶ』など序の口、『血液中の鉄分を操って他人の脳をコントロール』『磁力で小惑星を地球に落とす』『電磁パルスで地球全土を停電に追い込む』とまあ、何でもあり状態で……。
 今回の侯爵さまが使う嵐の権能、ずばりX-MENのストームが元ネタです。

●雷神トールのヤギ二匹
 魔法のヤギ、タングリスニルとタングニョースト。
 雷神トールの戦車を引っぱる彼ら、実は食糧でもある。食べてしまっても骨と皮を大切に残しておけば、トールが山羊皮を清めると復活するのだ。
 ただし、傷つけた骨は治らないので要注意。

●木火土金水
 RPGでもおなじみ四大精霊といえば地水火風。
 東洋の陰陽五行では木火土金水。これら五行は相生し、相克する。木は火を生み、火は土を生み、土は金を生み、金は水を生む。逆に、木は土に克ち、火は金に克ち、土は水に克ち、金は木に克ち、水は火に克つ。

【5章】
●巨人
 北欧神話で最もいいかげんなもの、それが巨人の定義。
 ここがあいまいだから、サイズもばらばら、姿形もばらばら。
 狼や大蛇の姿をしていても巨人に分類される始末。神族とも通婚し、子供まで作れて互角に戦えるのだから、生物的には似たようなものであるのだろう。

●オーディン
 盛りすぎなほど多彩な能力と設定を持つオーディン。
 彼は戦いの神で死者の神、詩の神、魔術の神、全智の神、嵐の神でもある。隻眼で、魔法の槍グングニルを持っていた。変装が好きで、よく人間のもとへやってきた。意外と子作りにも熱心で、隠し子もしっかりいる。
 おそらくは魔法使いガンダルフのモデルでもある。
 ……ギリシア神話のゼウスとほぼ同種、同系統の神様なのだが、あちらほど軽薄なイメージがないのは人徳というものだろうか。

●ヘイムダル
 虹の橋ビフレストのそばに住む神。
 賢く、一〇〇マイル先まで見とおす目と、草やヤギの毛がのびる音まで聞き取れる。その能力を活かして見張り役を務めている。
 いずれラグナロクで虹の橋に巨人どもが近づくとき、ギャラルホルンの角笛を吹き鳴らして敵襲を告げるために……と言われているが。
 この設定に矛盾があることを、のちほど追記する。
 ヘイムダルの息子三人は人間。それぞれ奴隷、農民、貴族階級の祖となった。

●ミズガルドの東
 北欧神話において『東』は不吉な方角である。
 ミズガルドの東には巨人の国ヨツンヘイムがあり、怪物たちは常にそちらからやってくるのである。ラグナロクのとき、大蛇ヨルムンガンドや巨人の軍団なども……。

●焔と氷の世界
 世界樹の枝に載る九つの世界、下層には焔の世界ムスペルヘイムと氷の世界ニヴルヘイムがあり、両者は隣り合っている。
 作中でヴォバン侯爵と焔の巨人スルトが遭遇する場所。
 大地の大きな裂け目は「ギンヌンガガップ」といい、焔の世界と氷の世界を隔てるランドマークである。

●ロキ
 北欧神話のトリックスター。
 変身に長け、神出鬼没。巨人のひとりであり、魔狼フェンリル、大蛇ヨルムンガンド、死の女神ヘルの父親でもある。
 名前の意味は『閉じる者』『終える者』だが『Logi:火』がLokiに転じた説もある。
 実はラグナロクで見張りの神ヘイムダルと相打ちになる運命なのだが、今回は出番をさっくり割愛した。同様のあつかいをされたコンビに軍神テュールと魔犬ガルムもいる。キャラが増えすぎて、一冊に収まらなくなるからね……。

●巨人スルトと焔の剣
 北欧神話を終わらせる怪物・巨人スルトは焔の剣を持つ。
 この剣、日本でも(アーマードスレイブの名称として)有名な魔剣『レーヴァテイン』と同一の一振りである——。
 そういう風聞が日本国内に存在する。
 そして、美貌の神フレイの失われた魔剣が“スルトの剣”になったとの仮説も。
 これらはあくまで『もしそうなら面白いな』という仮説に過ぎず、原典にそれを裏付ける記述はない。
 が、しかし、“そういうことにした方が断然面白い”風説でもある。
 そうでない理由をあげつらうより、そうである可能性を模索する方がエンタメ小説書きとしては正しい姿勢だよなと、丈月城は考えております。

【6章】
●ヴィーザル
 異様に無口なのは作者のキャラ付けではなく、北欧神話の原典どおりである。
 本来、フェンリルを倒す役割は彼のものであった。ただし、それは父オーディンが戦死したあとのこと——。
 実はラグナロクを生きのこる数少ない神。
 焔で灼き尽くされ、再生した新世界に弟のヴァーリと共に降り立つとされている。

●太陽を呑むフェンリル
 前述したとおり、フェンリルの息子スコルは太陽を追いかける魔狼である。
 しかし、ラグナロクで“太陽を呑みこむ”のは父フェンリル。そう『エッダ』に記されている。この辺、父の威厳と言えるかもしれない。
 尚、太陽の女神ソルはフェンリルに呑まれる直前、新世界を照らす新たな太陽を生み落とすとされている。

●……ラグナロクの展開って実はおかしい
 さて今作でのラグナロク、あくまでアナザーバージョン。
 原典内での展開とはところどころちがう。
 本来、ヴィークリーズの野には敵軍団と神々の軍団が全員集合し、デーモン族vsデビルマン軍団よろしく最終戦争となるのだが。
 あれ? そうなるといくつか疑問点が出てくるぞ?
「地上からアスガルドへ渡るには虹の橋ビフレストを使わないといけない設定では?」
「虹の橋には視力と聴覚にすぐれた見張り(ヘイムダル)がいるはずでは?」
「え、ヘイムダルって、警報に使うギャラルホルンの角笛を世界樹の根元に置いていて、手元にないの……? つまり、すぐ使えない? 警告できないじゃん」
「でも、だからって敵軍をヴィークリーズの野まで侵入させるのはダメすぎない?」
「ふつうはもっと手前で食いとめるよねえ?」
「そもそもオーディン、未来を知ってるんだから、もっと対策を練ってもいいじゃない。あなた、『全て運命の定めたままなのじゃ』でもなくて、ラグナロクにそなえて戦士を集めたりしているし」
 ……という具合でして。
 戦いの経緯をシミュレーションすると、疑問が次々出てくるという。
 このためか、『ヘイムダルは角笛ではなく、聴覚を奪われていたのでは? 原典をそう解釈することもできる』と推測する北欧神話の研究者もいる。ま、その場合でも『べつの人材を見張りに置けばいいよねえ?』なのだが。
 おそらくは“一枚絵”にしたときの見栄えを求めた結果なのでしょう……。

●参考資料
 北欧神話の原典となる資料、決して豊富ではない。
『エッダ』と『新エッダ』、あと数点というところだろうか。
 そして新潮社の『エッダ——古代北欧歌謡集』には無印エッダと、新エッダのなかの“神話総集編”にあたる“ギュルヴィたぶらかし”が掲載されている。
 この本だけでも、北欧神話のひととおりを割と読めてしまうのである。
 なので、原典にふれるハードルが北欧神話ではかなり低い。
 いろいろな解説本に目を通して『出所不明の諸説があります』になるより、いっそ原典を読んでしまう方が楽かもしれない……。
 事実、日本Wikipediaの北欧神話解説は充実しているだけでなく、エッダを参考文献としている旨が明記され、とりあえず丈月城がちょこちょこ確認した範囲では『信頼できる』項目も多かったような……。あくまで2018年3月時点では、ですが。


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