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自分の隣に異性が座ったとしても、決してその姿を確認してはならない。_2022.05.25

自分の隣に異性が座ったとしても、決してその姿を確認してはならない。存在が曖昧な状態を維持している間だけ、貴方は世界の創始者であり、未来を自由に創造することができるのだからー。


私はよく作業をする。Podcastの編集やエッセイ書きなど何かを作っていることが多いが、勿論YouTubeでゴッドタンを見たりTwitterの中を平泳ぎしていたりもする。険しい顔でMacを睨んでいると思いきや、その液晶の表面では狩野栄光がバイオハザード実況に励んでいることもしばしば。Macbookproの高解像度ディスプレイで見る狩野栄光のリアクションは両方の意味で心にくるものがある。

最近は作業という言葉に"現実逃避"というニュアンスを感じている。生きている上で誰しも不安に駆られる時があると思うが、その原因は自分の思考の時間軸が過去や未来に飛んでしまっているからである。人間が思い悩む原因は過去や未来にあることがほとんどであり、それらの悩みから解放されるためには「今」に焦点を合わせるしかない。その焦点の合わせ方が僕にとっての作業なのであり、目の前のものを作り続けることによって時間を忘れて過去や未来から解放される。スタバにいる間、Macを開いている間はいつまでも現実逃避をすることができる。

今日もその作業をしにスタバに来た。お気に入りの店舗があるのだが、電源のある席はカウンター席に限られている。夕方のやわらかい光が差し込む窓際にずらっと8席。大きな道路に面していて揺れる植物の間から通行人が見える。ソーシャルディスタンスが意識されずとも、そのカンター席はいつも綺麗に飛ばし飛ばし埋まっていた。今日も同様である。

(………..)

私はその整頓された空間の均衡を破り、申し訳なさそうに誰かの隣に座らせてもらう。その瞬間は精神的にも物理的にも肩身が狭い。

最近のスタバはモバイルオーダーペイなる便利なものが発明され、わざわざ注文の列に並ばなくて済むようになった。席に座ったまま専用のアプリを通じて注文ができ、呼ばれたら商品を取りに行けば良い。その最大の利点は『混雑を回避できること』だと巷の人は思っているかもしれないがそうではない。私が考える最大の利点は、スタバで一番安い商品である「コーヒーショートサイズ」を店員の目を気にせずに注文できるところにある。店内で作業をする際は長時間滞在&電源利用が前提。乞食レベルマックスの僕でも流石にそこ対する背徳感や申し訳なさは感じる。その中で『ホットコーヒーのショートサイズください』と対面カウンターで言うのは、なかなかにサイコパスである。ましてや店員さんが女性の場合は、自分の見栄とも戦わないといけない。ここでショートサイズ注文すると人間として小さく見られるかな….。モバイルオーダーペイはこの一連のストレスから解放してくれる注文請負人なのである。


一通り作業が終わった。夕方に入店したのに気づいた時には窓の外はすっかり暗くなっていた。いつの間にか隣に座っていた中年男性はもういない。

……ガタッ…ガタ

音を立てないように椅子が動く。僕の隣の空いた席に誰かが座るようだ。
横目でその存在をぼんやり感じ取る。

「この感じは女性….。」

別にやましい気持ちはないし、女性だからなんだって話でもない。あとこの記事も"マジ"な発想で書いてないのでご安心ください。でも自分の隣に同性が座るよりも異性が座ってくれた方が確実にテンションは上がる、というか緊張感が走る。

「….どんな感じの雰囲気の方かな」

でもここですぐに顔を確認してはならない。座った瞬間にその人の顔を拝んでもし目でも合ってしまったらどうする。相手に「あっこの人、隣の人の顔を速攻で確認するタイプの人だ。キッモッチワリ~」と思われてしまう。そんなこと思われたくない。

それではこの場面で最も賢明な行動は何か。それは『自分の作業に物凄く集中しているように演技すること』である。隣に異性が座ったとしても何も動じずに目の前の創作物に集中する。その時は、さっきまで見ていた"霜降りチューブのガチンコ麻雀対決"のタブは急いで閉じて、代わりに写真編集ソフトを立ち上げ写真の現像をする。カウンター席の構造上、各々のPCの画面が最も視界に入りやすいこの状況では、それぞれのPCは言わば貴方を写した鏡のようなものであり、情報量が少ないこの状況においてPCの画面が"貴方"の全てなのである。この状況を鑑みると、スタバでMacを開きたがる輩の心理も少しはわかっていただけるだろう。windowsを開いているようじゃスタートラインにすら立てていない。「私ブサイクですよ~」と堂々と表明していると同じである(嘘)(ごめんなさい)。

……..
……カタカタ……
…………..カタカタカタ……..

おっと、意外と写真の編集に集中していた。ふと時計を見ると隣の存在をはっきり認識することなく30分がすぎている。このくらい時間が経つと、脳内で隣の人の存在を想像し創り上げるようになる。なんだか急に隣人のうっすらとしたシルエットが西野七瀬に見えてくる。ぼんやりとした横顔が池田エライザに見えてくる…。あれ、もしかして、浜辺美優って札幌出身だったけ….。

っとまあ、ちょっと今の例えは流石に大袈裟すぎたが、要は貴方の頭の中で膨れ上がった"自分の理想"を隣の存在に適応し始め、それが現実なのか仮想なのかわからなくなるのを楽しむのだ。このフェーズに入った瞬間、貴方の脳内は更に活性化され自分の理想に覆われたパラレルワールドに迷い込むことができる。そこの世界では、

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