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人間味と心地良さで売上を伸ばす梱包動画

 多くのサービスがAIやロボットにより自動化されていく中で、失われていく職業は3割とも5割とも言われている。それらの仕事に従事していた労働者がすべて失業するわけではないが、新たなスキルや強みを見つけなくてはいけなくなることは必至だろう。中小の事業者にとっても、大企業が次々とリリースする自動化サービスは脅威であり、業務効率化の面では大きな差が付いてしまう。

その一方で、消費者はサービスがデジタル化されていくことを、すべて歓迎しているわけではない。スーパーやコンビニでの導入が進むセルフレジについても、好印象と感じているのは全体の3割程度に過ぎず、5~7割の消費者は「何も感じない」または「抵抗感がある」と回答している。

セルフレジ導入による消費者意識調査(MS&Consulting)

セルフレジは、万引き率が高くなることも、統計から明らかになっている。そのため、スーパー店舗では、従来のレジ担当者をセルフレジの監視員に配置換えをして万引き率を下げようとしているが、「人を疑う仕事」には大きなストレスがかかり、それが嫌で退職する従業員も増えている。

人間的な付き合い方をして、信頼関係を高めていくことは仕事の基本であり、AI社会が到来する中でも無くすべきではない。逆に「人間らしさ」を追求することは有意義な能力となり「ソフトスキル」と呼ばれるようになっている。顧客との接客についても、オンライン化が進む中でも人間味を出していくことが「human touch」というキーワードで注目されている。

具体的な方法として、InstagramやTikTok上では「packing order with me(私と一緒に梱包しましょう)」という動画が人気化している。これは中小のECショップで注文された商品を、発送前に梱包する様子を動画として公開するもので、商品が丁寧に扱われていることと、美しい梱包技術を見せることで、消費者に満足度を与える効果がある。梱包動画を見ることで、癒やされる視聴者が続出しており、不思議なムーブメントが起きている。

【人を惹き付ける梱包動画の特性】

 米インディアナ州で2018年に夫婦二人で創業した「Mermaid Straw(マーメイドストロー)」は、使い捨てプラスチックが自然環境に悪影響を与えている問題への解決策として、カラフルなステンレス製ストローを販売するECサイトを立ち上げたが、現在は社員数が50人規模の会社にまで成長している。

集客のための特別な広告宣伝は行っていなかったが、丁寧な発送業務を注文者に見せるために、カメラの設置方法や照明を工夫しながら梱包動画を撮影してSNSに投稿していった。すると、「自分が注文した商品の梱包動画も撮影してほしい」という依頼が相次ぎ、TikTok上のフォロアー数が240万人にまで急成長していった。

大手のECサイトは、自動化された物流倉庫で商品のピッキング、梱包、発送までが流れ作業で行われている。中には、中国倉庫から直送されてくるケースもあるが、無機質なサービスに対して顧客は親近感を抱けない。対して、商品の箱詰め、ラッピングなどを手作業で梱包動画は、中小ECサイトの想像以上にローテクなバックヤードを見ることができ、丁寧な梱包をする業者だからこそ信頼できるという、消費者側の安心感が生まれている。

このムーブメントにより、TikTokでは多数の中小ショップが梱包動画を公開しており、関連ハッシュタグでは200万件を超す投稿がされて、総視聴回数も90億回を超している。

【人が心地よさを感じる音響特性】

 梱包動画に対して、人が心地よさを感じる理由については脳科学からの研究もされている。人が聴覚や視覚への刺激によって感じる心地よい感覚は「ASMR(autonomous sensory meridian response)」として知られており、その特性を意識した動画制作が行われるようになっている。

ASMRは「自律感覚経絡反応」と訳される現象で、特定の視覚や聴覚の刺激によって生じる、心地よい刺激やリラクゼーションの感覚を指している。この反応は、「脳がゾワゾワする」感覚としても報告されており、動画でその体験をすると、無意識のうちに映像を見続けてしまう特性がある。たとえば、川のせせらぎ音や、焚き火をして薪が燃えていく時の音にはASMR効果があり、心が癒やされていく。 このようなASMR音は、身近な生活の中でも発見することができるものだ。

《ASMR効果のある音の種類》
・囁き声や静かに話す声
・紙をめくる音
・ペンや鉛筆で紙に書く音
・PCのタイピング音
・ペットがエサを食べる咀嚼音
・美容院で髪をカットする時の音
・耳かきの音
・炭酸水の泡がはじける音

梱包動画では、ASMR効果を狙った収録が行われているのが特徴で、高性能カメラとASMR対応のマイクが使われている。 マイクの選定は予算によって異なるが、「バイノーラルマイク」を使うと、人が耳の鼓膜で感じているのと近い感覚の音をシミュレートして録音することができる。

世界的なマイクメーカーとして有名なドイツのノイマン社が開発した「NEUMANN KU100」は、人間の頭を模倣したダミーヘッドの両耳にマイクロ・コンデンサーマイクが組み込まれており、明瞭で立体感のある音を録音することができる。その音をヘッドホンで聴くと、あたかもその場に居るような感覚を再現できる。 KU100の価格は日本円で約130万円と非常に効果なものだが、音楽のライブ録音やラジオドラマの収録などで使われている他、人気YouTuberの中でも、ASMR効果を狙った設備投資として導入されるようになっている。

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