【アマチュア大喜利プレイヤー列伝】MA-続きは酒の席で-
はじめに
2024年06月02日。日本最大級の規模を誇る、歴史ある生大喜利の大会「大喜利天下一武道会」、通称「天下一」の大阪予選が行われた。2回に分けて開催された予選では、合わせて6人の本戦進出者と、6人の敗者復活戦進出者が決まった。
その一か月前、05月03日から05日の三日間で、東京予選も行われ、合計18人の本戦進出者が決まった。
そのうちの一人が、本記事の主役、MAである。
MAは30代の頃から大喜利を始めたベテランプレイヤーであり、大喜利大会では「EOT優勝」などの、数々の実績を持っている。突飛なことをするプレイスタイルではないが、観る側の期待値を、独自の視点と言葉選びで超えてくる、強豪とされているプレイヤーである。
また、2023年5月から始まり、1年間かけて行われた、メインの出演者は固定の全8回の大喜利ライブ「8 MELODIES」のメンバーでもあった。
今回、天下一の本戦に進んだことや、「8 MELODIES」が無事に完走したことに対して、労いの気持ちを込めて、そして、MAのこれまでとこれからを掘り下げるために、取材のオファーを行うと、彼は快く引き受けてくれた。
EOT優勝時はどんな心境だったのか、「8 MELODIES」は毎回どのような心持で挑んでいたのか、こちらが知りたいこと全部訊いてしまおう…そんな気持ちで取材に挑んだわけだが、結果から先に言ってしまうと、これまでのインタビューとは大きく異なる時間が生まれてしまった。
一体どうなったのか、とりあえず記事を読んで頂きたい。
2024年05月27日20時30分、インタビュー開始。
狼拝命
まずは、MAがアマチュア大喜利という文化にふれた時期の話から聞く。
今から20年近く前、モーニング娘。含むハロー!プロジェクトのアイドルのファンであるMAは、2ちゃんねる(当時)の「狼板」というスレッドに頻繁に出入りしていた。
ちょうどその頃、3分間でお題に投稿し、3分間で投票を行い、順位が付けられる、今だと「大喜利たろう」、過去には「大喜利プラス」「大喜利PHP」で使われている、もしくは使われていたシステムの先駆けであるサイト、「大喜利CGI」が、2ちゃんねるの各板に立てられたとのこと。それは「狼板」も例外ではなかった。
板対抗で大喜利対決が行われた際に、そのサイトに参加するために、ハンドルネームを付ける必要があった。その時、名前の後ろに、たとえば「Jナカノ@○○」のように、@の後ろに所属していた板名を書くのが主流だった。本名から「MA」というハンドルネームを付けて、投稿するようになった彼は、ここまでの話の流れだと「MA@狼」となるはずだが。
「名前の後に板名をつけるみたいな流れがあったんですね。で、ある時期からCGIに入る時の名前を『MA@狼拝命』にしたんですよ。狼板を拝命する、みたいな」
これが、MAのXのIDである「@ookamihaimei」の由来である。
これを皮切りに、彼は大喜利にのめり込む。ここで萌芽した才能が、大輪の花を咲かせることになるのは、まだまだ先の話である。
生大喜利デビュー前、キルヒホッフとの邂逅
ネット大喜利に力を入れていた頃のMAにとって、非常に大きな出来事がある。これは今でも忘れてはいない。
当時ネット上で存在を知っていた、現在は生大喜利の場にも頻繁に現れる、「合同会社 別視点」のメンバーでもあるキルヒホッフとの出会いである。ネット大喜利にのめり込んでいくにつれて、現在でも生大喜利の場で交流のあるプレイヤーとの関わりが生まれていくのだが、それはあくまでネット上での話。オフラインで会う機会は、当時秋田県に住んでいたMAにはほぼ無かった。
そんな折、当時大阪で働いていたキルヒホッフが、仕事を辞めるにあたり、有給休暇を消化していた。その休暇は、全国のネット大喜利プレイヤーに会いに行くことに費やされたというから驚きだ。
「(キルヒホッフは)岩手、秋田、新潟も回ったのかな多分。生大喜利を始める前に、キルヒには一番最初に会ってるはずなんです。で、実際に来て、秋田駅でずっと大喜利の話をして、みたいなこともありましたね」
東北大喜利杯
MAの生大喜利デビューは、2014年の8月。デビューの場は、現在は大喜利から離れている、罠箱という人物が定期的に開催していた「東北大喜利杯」である。
本大会は2日間別々のルールで行われるという形式で、1日目は「東北大喜利杯ダブルス」というタッグ戦、2日目は個人戦だった。
「(ダブルスに)誘ってくれたのは、岩手のうーちゃんという同じ狼板の人間がいて。生大喜利を始める前に会ったりとかの関わりが実はあって、生大喜利への道を開いたきっかけの人にはなりますね」
うーちゃんに誘われる形で、生大喜利の場に参加することになったMA。当時の彼からしたら、東北大喜利杯に参加するうえで「結果的にラッキーだった」ことがあるという。
「そこに参加してるメンツがえげつなかったんですよ。今で言う東京のベテランどころがほぼ集結してたんですよ。冬の鬼、六角電波、かとじゅう…虎猫もそうだし」
これまでネット以外での関わりがほぼ無かった関東の強豪が、大勢仙台に遠征で来ていた。現在のMAは東京に住んでいるが、移住する前にそういったメンツと大喜利が出来たことは、彼にとって良いことだった。
2日間のうち主に覚えているのは、2日目の個人戦での話。ルールの異なるブロックのどこに入るかを、出場者自らが選ぶという形式で、MAは印象審査のブロックに入った。
「僕この2日目が生大喜利2回目なんですよ。ここで爆勝ちをしまして。この時の経験があって今があるみたいな。本当に恵まれていたって思うんですよ。良い形で生大喜利デビュー出来たかなって」
ちなみに、この日の優勝は冬の鬼である。その後のMAの動きとしては、2019年に東京に引っ越すまで、機会があれば東北の会に参加して、関東などに遠征する際は、好きなアイドルのライブとセットで大喜利会に行くという旅程を主に組んでいた。
初優勝
MAが大喜利大会で初めて優勝したのは、2017年6月に東北で行われた「第5回みちのく大喜利マニアックスFRESH!」という配信番組の大会でのこと。今はサービスを終了している「FRESH LIVE」という媒体で生配信が行われて、アーカイブは現在でもYouTubeに残っている。ちなみに主催は「お笑い集団 仙台ティーライズ」という、仙台を拠点とするお笑い事務所である。
出場者を確認すると、ティーライズに関わりが深い人物がほとんどで、そこにMAが紛れた形と言っても過言ではない。参加人数は10人に満たない大会だったが、彼の生大喜利での初優勝は、間違いなく本大会になる。
「いわゆる東北大喜利杯の名残ですよね。俺自身は生大喜利の経験を重ねてたわけではないし、他の出場者をなめてたわけではないんですけど、漠然と勝てるとは思ってたんですよね。思い上がりですけど。なんかこの時は自信があったのが覚えてるんですよ」
ちなみに、第6回にもMAは出場し優勝したため、2連覇の記録を持っている。
さらに同じ年、10月に東京で開催された「東京地獄大喜利~志~」でも、MAは優勝している。招待枠として出場したMAは、警備員、虎猫、いしだ、田野といった面々を倒し、東京での初優勝を飾った。
「で、地獄大喜利で優勝した1週間後くらいにあったのが、オオギリダイバーのトリオトーナメントでの優勝。その時組んだのが、オフィユカスと睦月。それより前の大会で準優勝した二人に声かけてもらったのが、組んだきっかけですね」
その時の詳細は、オフィユカスの記事を読んで頂きたい。MAとしては、期間を空けずに立て続けに優勝したため、印象に残っているとのこと。
その後彼は、2018年の上半期には「第9回鴨川杯」「戦2018」「EOT第3章」などの大会に参加するものの、いつの間にか表舞台から姿を消す。その後復帰したのは、2019年の秋だった。その時は「おかえりなさい」の意味を込めて、六角電波主催の大喜利会が開かれ、空白期間中に大喜利界隈で起きた出来事を、MAにクイズとして出題する企画などが行われた。
印象的なイベント
「印象に残ってるイベントで言うと、一番最初に出た天下一だった、トリオでの『第5回天下一チームバトル』ですね。その時組んだのが、キルヒホッフと和壱郎だったんですね。この二人は過去のチームバトルで優勝してるんですよ」
天下一のホームページを確認すると、第5回のチームバトルの結果の欄に「4グラム所持」というチーム名と、MAと和壱郎の名前が確認できる。ちなみに、そこにキルヒホッフの名前はなく、「いえーい!」という参加者の姿しか確認できなかったが、どうやら「いえーい!」がキルヒホッフらしい。
「色んな思い出がありますね。チーム戦も初めてだったはずなので、生大喜利へのアプローチじゃないですけど、色んな人のやり方を知れたり。あと、単純に天下一みたいなデカい大会があるって知らなかったんですよ」
その話を聞いて、私も大喜利を始めたての頃は、東京の大会の情報を得るのが難しかったとポロっとこぼすと、MAの方から「ナカノさんって大喜利デビューは何年なんですか?」という質問が飛び出した。これこそが、この章以降たびたび出てくる「これまでのインタビューとは大きく異なる時間」と書いた、「MAからの逆質問にJナカノが答える時間」である。ちなみに、私の生大喜利デビューは2016年6月なので、今月からもう9年目になる。
嫌OT優勝
「EOTも本当に良い思い出なかったんでね~。絶対加点の人間ではないっていうのはあったし、俺にとっては残酷なルールでしたね。特殊加点とはいえ、ずっと苦手意識は払拭出来なかった。どうやっても勝つビジョンが見えなかったんですけど、やっとここ最近、加点のやり方を掴めた気がして。それは六角電波の大喜利をめちゃくちゃ見てたからかもしれないけど」
2022年04月10日に開催された「EOT第8章」。赤黄色の優勝が決定し、主催による挨拶も終わった所で、一本のVTRが再生された。そのVTRによって発表されたのが、「こんな○○は嫌だ」のような、いわゆる「嫌だお題」しか出題されない「EOT第9章 嫌OT」の実施である。ちなみに、開催日時は翌月だった。
出されるお題は特殊だが、予選は1答ごとに審査されて、その面白さによって得点を得られる加点式。本戦トーナメントは、面白い1答を出せれば勝ち上がりのチャンスがある印象式。そのルールは、本家EOTと変わらない。
EOTに関しては、MAは「第1章」からほぼ毎回出場しているものの、加点式である予選を突破することは無かった。彼は嫌だお題に対して、こんな印象を抱いている。
「要素が一個しかない、究極の一要素お題なんで、なんでもありっちゃありなんですけど」
それでも「広すぎるということはない」と、本人が当時振り返りのために書いたnoteの記事には記されていた。
さっそくここで「ナカノさんから見て嫌だお題ってどうですか?」と、質問が飛んできた。インタビュー中でも答えてはいるが、せっかくなので、嫌だお題の解説を書くつもりでここでも答えてみる。
まず、嫌だお題に関しては、EOT運営が主催に携わっている「喜利ベロス8」という大喜利イベントのエキシビションで行われた「足喜利」という競技で何問か挑んだことはある。EOTの機材班(主にカメラ担当)である権藤が考案したこのルールでは、嫌だお題を数人で行い、審査員に面白いと評価された者から”突破”となり、突破出来なかった者は脱落となる。
その時は、あまりウケなかったような記憶があるため、嫌だお題はそんなに得意ではないという自負がある。
たとえば「こんなコンビニは嫌だ」よりも「なんか不気味なコンビニ、どんなの?」「このコンビニ店長、他の仕事の才能があるんじゃないかと思った理由」というような、ある程度道筋が用意されているお題の方が、得意な方ではある。
よく、変わっているお題は「お題がボケている」と評されるが、嫌だお題はボケていない代わりに、こちらが全力でボケに行かないといけない気がする。というのが、私の嫌だお題に対する所感である。
そういったことを話すと「嫌だお題って人によって違いますもんねえ」と、MAは受け入れてくれた。
嫌OT当日の話に戻る。
後半最初のブロックだったMAは、3問で審査員4人全員が回答の面白さを認める「一本(5点)」を9回獲得し、合計51点で、後半ブロック2位の成績を残し、本戦トーナメントに進出した。長いEOTの歴史の中でも、MAが本戦に進むのは初めてである。
「動画を見返しても、そんな特別なことしてないだろと思って」
本戦では、現在ネタの活動も精力的に行う、当時期待の新星だった人望刃を1回戦で倒した後は、EOT第7章でジャージの顔とタッグを組んで優勝し、どんなお題でも自分の色を出せるキャベツを、延長の末撃破。トーナメントを勝ち進んでいく。
準決勝の相手はぺるとも。ルールやお題、対戦相手に自分の大喜利が大きく左右されない、言わずと知れた若き強豪に真っ向から挑み、勝利し、決勝進出を決めた。
決勝の相手は、昔から縁の深い虎猫。出されたお題は「こんな学校は嫌だ」という、例題にしてもベタ過ぎるものだった。「基本に立ち返って、本気の勝負をしてください」というEOT運営、ひいてはoの意図が見え隠れするお題である。
後にnoteで「令和に3分答え放題の大喜利PHPが行われている」と、自嘲気味に書き残したのはMAだが、「図工と理科という図工圧倒的有利な選択科目がある」という一撃が大きくウケて、見事に優勝した。
「嫌OTはホント大きい転機にはなりましたね。俺キャリアと優勝回数見合ってないですもん。割と中堅やベテランほどそう思ってるんじゃないのかな」
8 MELODIES
2024年5月11日、大喜利ライブ「8 MELODIES 第8回公演 ホワイトレクイエム」が行われた。これまで様々な大喜利イベントを打ち出してきた「大喜利企画ROSE」が、2023年の5月から開催してきたライブ「8 MELODIES」の最終公演である。
「これは、旅する大喜利ライブ。」というキャッチコピーが付けられたこのライブが行われることが発表された時は、「全8回のライブ」「出演者8人のメンバーは固定で、全員アマチュアのプレイヤー」「MCはデッサンビーム(FAN・蛇口捻流)で、幕間にネタも行う」といったことが告知された。出演者は、MA、おせわがかり、手すり野郎、かねかわ、武山、ネオ、小粒庵、ヨシダin the sunといった、経歴も実績もバラバラのメンツである。
第1回から第8回まで、毎回異なるテーマや企画を用意し、他の大喜利プレイヤーをゲストに呼びながら、時には実験的なことも行いつつ、興行として成立するよう細部まで練られた「8 MELODIES」は、先月無事に最終公演を迎えることが出来た。
「オファーが来たのが、2023年2月27日です。ざっくり言うと『長期的なユニットライブをやりますよ』みたいな内容のDMが届きまして。この時点では他のメンバーも知らなくて。ROSEからDM来たら『なんだ?』と思うじゃないですか」
後に判明する出演者に対しては、どういった印象を抱いていたのか。
「ああなるほどとは思いましたね。面白えなと思ったり」
その中でも、MAが個人的に一番の功労者だと思っているのは、手すり野郎である。
「多分自分と手すり野郎が、キャリア的には飛び抜けてはいると思うので。ただ、てっすーが『自分が最年長だったら結構かかってたかもしれない』みたいなことを言っていたんですけど、実際1年間、結構色んな所でてっすーがリーダーみたいな役割で動いてくれていたので。僕は本当なんか『ありがてー』と思いながら、何もしなかったなと思ってますね(笑)やりたいことを匂わすと、てっすーがバシッとウケる回答をしてくれたので」
ここで「8メロの話聞いた時に、なんか思ったことありました?」とMAが尋ねてきたので、記憶を頼りに告知当時の印象を書いてみる。
私の「8 MELODIES」に対する一番最初の印象は「またROSEが新しいことをしようとしている…!」だったはずである。数年後、生大喜利の年表を作った時に、確実に掲載されるようなプロジェクトになったことは間違いない。
あと「これはおそらく第2弾が出来ない刹那的なものだ」とも思った。「同じメンバーでもう1周」、もしくは「全く違う8人で『8 MELODIES2』をする」といったことは、やろうと思っても不可能だろうなと勝手に推測している。もしすでに計画していたら申し訳ないが。
そういったことを話すと「ここで選ばれたのは光栄なことだったなと思いますね」と答えてくれた。一度も生で観覧に行っていない、配信すら全て観れていない私の一意見なので、あまり気にしないで欲しいとは思う。
MAは、メンバーに選ばれたことはもちろん光栄だとは思っていたし、毎回全力で大喜利はしていたが、自身の年齢的なこともあり、そこまでがっついた気持ちは少なかったという。
「若手のメンバーもいたし、そういう奴らが良いきっかけにすればいいだろうなとは思ってたから。仮に俺が10歳くらい若ければ、もっとギラギラしていたとは思うんですけど」
大喜利を始めたばかりのプレイヤーは、プロに混じって大喜利ライブに呼ばれるアマチュアのプレイヤーに憧れを抱いている人も少なくないが、MAほどのキャリアになると、そういった憧憬の気持ちも減ってくる。「8 MELODIES」に呼ばれたことは、間違いなくステータスにはなるとわかっていたが、開始当初はモチベーションの持ち方が難しかったという。
「このライブをステップアップに使う世代ではどうしても無いから。でも、他のメンバーもそこまで『僕8メロ出てました!よろしくお願いします!』っていう人らでも無いので…。だから、みんなどんな感じで出てたのかっていう話はまた改めてしたいですけど」
好きなプレイヤー
ここからは、全ての回で訊いている「好きなプレイヤーについて教えてください」という質問に移る。「何人挙げても良い」と伝えたが、MAの口から出てきたプレイヤーは、一人だけだった。
「ここ最近で言うと、一人だけ浮かぶのは蛇口君ですね」
「8 MELODIES」でも、FANと共に見事MCを務めた蛇口捻流。大喜利の実力は申し分なく、「EOT」の初代王者でもあり、これまで様々なタイトルを獲得している。大喜利に特化したYouTubeチャンネル「こんにちパンクール」のメンバーでもある。
「やっぱ蛇口君の大喜利は見たいなって思いますね。強いのはもちろんそうなんですけど。新しい人と絡むたびに『蛇口君の大喜利見た方が良いですよ』みたいなことは、勝手ながら言っちゃってますね。強い人なんて挙げたらきりがないんですけど、単純に『好きかどうか』とかを加えていくと、蛇口君が残るかなあ」
大喜利だけではなく、蛇口捻流と言葉を交わすことも好きだと語るMAから、「ナカノさんは蛇口君の印象はどんな感じですか?」と質問されたので、この場を借りて私から見た蛇口捻流評を書きたいと思う。
まず第一に思うのは、回答のバリエーションが豊富で、見ていて飽きない大喜利をする人だということ。絵で答えたり、立ち上がったりといった、わかりやすく突飛なことをしない代わりに、自分が出来る範囲で、自分の強みも、変な部分も、面白い所も全て表現してやろうという気概が感じられる。
また、彼は「お笑いが好きな人」「面白いことが好きな人」であるが故に、「面白いことを言うのが好きな人」がする大喜利をしていると、毎回蛇口捻流の大喜利を見るたびに思う。
「蛇口君の大喜利はエンタメに近いのかなって」
今後の展望
最後も共通の質問。今後の展望について答えてもらう。
「展望ねえ…別にやることは変わらないんですけど、何歳まで続けられるんだろうみたいなのはあるんですけどね。でもここでニセ関根さんみたいな人が出てくるとね、しめしめとは思うんですけどね」
現在40代であるMAよりも年上で、なお且つ実力は衰えるどころか増しているように見える、ニセ関根潤三。そういったプレイヤーが突然現れることもある反面、年齢の壁というのは、なかなか越えられないのかもしれない。
「同世代でも、やっぱいしだとか要所要所で結果残してて、何だかんだ言って虎猫だってね、大喜利以外でも(周りに)与える影響強いんで。あと今いないですけど国井さんとか、存在として大きかったですね。あと俺ラン(俺のランボルギーニ)とかか」
とはいえ、同時期に大喜利を始めて、同世代でもあるプレイヤーの存在は、MAの大喜利を続けるモチベーションにおいて、かなり大きい。
「大喜利やれるうちにね、面白い奴って言われるために、やり続けたいかなあ。究極ですけどね(笑)優勝とかよりも、それ以外の部分を大事にしていきたいですね。でも大喜利はまだまだ続けていきます」
おわりに
2時間弱のインタビューが終了した。
途中あちこちに話は飛んだものの、大喜利に対する熱意のようなものは一貫しているというのが、じっくり話を聴いて抱いたMAに対する印象である。
取材の途中で、モチベーションの話になったので、それについて書いて、記事を終わろうと思う。
以前真空ジェシカ(人力舎)の川北さんが「M-1グランプリ」の密着のスタッフのインタビューに対し、「感動させるつもりでやってない」と言い放ったことがある。
毎回ドラマを生み、その要素を半ば利用する形で、感動路線で演出をしているであろうM-1へのアンチテーゼともとれるこの発言に対して、MAは自分に近いものを感じたという。周りを感動させるつもりで、優勝を目指しているわけでも、回答を考えているわけでもないのだ。
その流れで「ナカノさんって承認欲求ありますか?」とMAに尋ねられた。これが本記事でのMAからの最後の質問になる。
趣味で大喜利をしている以上、勝負の場に出ている以上、「ウケたい」「勝ちたい」「面白いと思われたい」「自分の発想や視点が面白い人から評価されたい」という気持ちはもちろんあるが、大喜利をしている最中は、それらの煩悩に近い感情はほぼ消えているというのが、正直な返答だ。
ただ、MAが与えてくれたせっかくの発言の機会なので、はっきり言わせてもらうと、「私が日常生活でふと気付いた『平凡なこと』で、ネットに転がる『面白いこと』に、面白さや興味深さで勝ちたい」という気持ちは、ここ最近ずっと思っていることである。
私の話が長くなってしまった。この続きは、MAと直接会った時にじっくり話そうと思う。最後に、インタビュー中に出てきた、彼の本質、そして大喜利の本質とも言える発言で、この場を締めたい。
「嫌OT優勝したところで、この後天下一優勝したところで、俺の人生を左右するものではないからさ。でもそういうもんだよなあ」
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