6/1発売 「47都道府県の純喫茶 愛すべき110軒の記録と記憶」 あとがき
2013年の2月、著者の山之内遼さんから送られてきたA4用紙11枚にも及ぶ企画書には、「はじめに」にあるような執筆の動機以外に、次のようなことが書かれていました。
・47都道府県、すべて僕が直接店へ行き1から取材します(旅費・経費はすべて自腹を切ります)。
・僕はこれまでに大体3800軒くらいに行きました(ただしチェーン店は除く)。
・サンマルクとエクセルシオールと上島珈琲店の都内の店舗は全部行きました。
当時、遼さんは28歳の会社員です。1日1軒純喫茶に行ったとして、3800軒行くには約10年半かかります。加えて、サンマルクとエクセルシオールと上島珈琲店の当時の都内の合計店舗数が正確に何軒かはわかりませんが、そもそもそんなことをする人がいること自体が信じられませんでした。だって、一体何のために?
誰でも自分を売り込む時は、少しばかり話を大きくしてしまうものです。ですから正直、「さすがにこの年齢でこんな数の喫茶店には行っていないだろう」、「チェーン店にそんなに行くなんてさすがに嘘だろう」と思っていました。
でも、すべて本当でした。サンマルクとエクセルシオールと上島珈琲店の都内全店舗に、誰かに頼まれたわけでもなく、そして本人も本気で行きたいかどうかもよくわからないまま行ってしまう。遼さんはそんな人でした。
当時私は旅行のガイドブックなどを制作する編集部に在籍していました。通常、ガイドブックやお店のガイド本は、店舗データなど「情報の正確性」が生命線でもあります。ですから、制作中に閉店が判明したお店などは当然、営業中のお店に差し替える作業を行います。
しかし、この本では当時からそれをしませんでした。2013年の制作途中にも、掲載店の何店かはその長い歴史に幕を下ろしていますが、「閉店」の文字を入れてそのまま掲載しました。
たしかに、その場所に「誰かに愛された純喫茶」があった。
それを事実として残しておくことが、遼さんがこの本に与えた1つの大きな役割だったからです。
最新の情報を取るだけならインターネットで十分です。そこでは次から次へと新たな情報がアップされ、それらはものすごい速さで消費されていきます。
それに対して、誰かにとって大切だったものを確実に、そして手元に残しておくことは、本だからこそ果たせる大きな役割の1つのように思います(出版業に携わる者のただの希望的観測かもしれませんが)。
激しく移り変わる時代において、1つのことを変わらずに続けることは、どんどん難しくなっています。社会の変化に合わせて自分も変化をしなければ生き残れない。そうしていつの時代も、その変化に合わせてなくなってしまう文化や価値観があります。今回の新装版の制作過程で新たに20店舗が、その歴史に幕を下ろしたことがわかりました。
そして、このあとがきを書いているいま、新型コロナウイルスが世界を襲っています。改めて、大切なお店の存在について考えさせられます。
お店に行く、人に会う。そういった行為がなくなると、世界はどうなるのでしょうか。本当なら、遼さんに聞いてみたかったのですが。
帯の表4(裏表紙のほう)に使用しているのは、かつて日本橋にあった「メイ」(60ページ)です。遼さんとは何度かここで打ち合わせをしました。残念ながら「メイ」は閉店してしまいましたが、何度見ても良い写真なので、今回も帯に使用いたしました。
今回、遼さんが書いた文章には手を加えていないため、実際に行ってみたら店主が変わっていたり、お店の内装が変わっていたり、そういうこともあると思います。大変申し訳ございませんが、遼さんが描いた部分からの変化として、ご理解いただければ幸いです。
最後にこの本を新装版として世に出せたのは、著者である遼さんの情熱とご家族のご協力、この本をお読みいただいた読者の方々、そして、純喫茶という素敵な空間を作っていただいているお店の方々のおかげです。改めて御礼申し上げます。
担当編集 白戸翔