シンエヴァ感想

・エヴァ、人間賛歌だったなと思いました。

初めて観たルーブルは大したものじゃなかった、だってそれよりもあなたがここにいることが大切なんだね。恋愛ではなくて、一個人、人としての肯定。私たちへの肯定、存在の証明。ここにいることへの祝福。あなたもわたしも、ここにいていい。

・綾波レイは、碇シンジを好きになるように作られたけど、恋はしなかったね。碇シンジがただ好きだった。ただ、碇シンジを好ましく思っていた。存在を好ましいものだと思っていた。それを示すために、「これが、好き」っていってレイが好きを理解するシーンでツバサのシーンが入っていたんだろうな。
それが作られたものだとしても、綾波レイは碇シンジを好きだと思ったし、それはアヤナミレイが綾波レイたることを許された瞬間だった。「綾波レイは碇シンジを好きになる」っていうのは、たった一つの揺るぎない「綾波レイ」が「綾波レイ」であることの証明。アヤナミレイでなくて、綾波レイをここに繋ぎ止めるための、たった一つの曖昧な、とんでもなく儚くて、それでいて確かなもの。
アヤナミレイは作り物なんかじゃなくて、紛れもなく人間だった。人間になろうとしていた。碇ユイでも、アヤナミレイでもなく、綾波レイでもなく、彼女でありたいと願ったから彼女は彼女でいられた。なんて人間讃歌なんだろう。

・アスカはアスカらしくあろうとしてた。
アスカの枠に収まろうとしていた。綾波らしくなく、わたしらしくいよう!っていていたアヤナミとの対比がとても皮肉だった。
・「彼女じゃなくて母親が必要なのよ」て言葉、これアスカ自身にも突き刺さる言葉ですね。ケンケンはたぶんアスカのことを恋愛対象として見ていないんだろうな。「アスカ」としてしかとらえていない。恋愛とか家族愛とか、カテゴライズできる感情でなくて「アスカ」として好ましく思っているんだろう。それこそ、アヤナミレイが碇シンジを好ましく思っているみたいな、「存在」を好ましく思っているんだろうね。やっと、式波・アスカ・ラングレーは「一人の人間「として誰かに認めてもらって、受け止めてもらうことができた。
・大人になりたくなかったんだね、アスカ。なりきれなかったシーンが、Qでシンジをガラス越しに殴りつけたシーンだったんだろう。
大人になりたくなかった。彼女(ガールフレンド)じゃなくて母親が必要だったのはアスカの方だった。大人になるためにケンスケが必要で、大人になったアスカに寄り添ってくれるのはケンスケだったけど、アスカが求めているのは碇シンジ。だけどそれで良い、大人になるって言うのはそう言うことなんだね。序でミサトさんが言っていた「大人になるって言うのはくっついたり離れたりしながら、居心地の良い距離感を探すってことよ」っていうのを体現していた。ケンスケが心を満たしたら、きっとそのあとで彼女が好きになるのは碇シンジだね。アスカが求めていたのはずっと、ずっと、碇シンジだった。

・「あんたのことが好きだったんだと思うわ」っていうアスカの言葉と、旧劇の浜辺でシンジが「僕も君が好きだった」って言ったシーン。これは決別と成長だなあと思った。「アスカ」である枠に囚われていたアスカが、アヤナミレイのように、「アスカ」って言う枠に囚われず、自分として歩き出すための決別のシーンだろうなと思いました。

・マヤ、エヴァ本体がダメージを受けている時にずっと「ダメです!」「ムリです!」「できません!」て言ってたのに、それを言わなくなったと言うか。それを言っていた部下を咎めるようになったの、すごい格好いいなと思う。あの時助けられなかった、できなかった、沢山のことを悔いていたんだろうね

・トウジが医者になっていたことで涙出そうになった。あれ、「あん時センセはつらいけどエヴァに乗ってワシらを救ってくれた、それやったら今度はワシが救う番や。センセが傷つけてしもたていうんやったらその分ワシが救ったる」てことですよね。
碇シンジがエヴァに乗って人を救っていたから自分も救う側になろうとしたの、本当に鈴原トウジって感じがしました。

・赤城リツコが好きな人間、どうしようもなく酷い人ばかりだ。碇ゲンドウと葛城ミサト、加持リョウジっていう、あなたに勝手に全てを託して、背負わせてさっていくばかりだ。そんな人を好きになって背負って、歩いていけるあなたが好きだよ。
あの時撃てなかった弾丸で碇ゲンドウを撃てた赤城リツコ。きっと葛城ミサトが母になったこと、加持くんがミサトさんに後を託して去っていったところを見たことで思うところがあったんだろうね。だから碇ゲンドウを撃つことができたんだろうな……。はあ~……。赤城リツコ、好きだ…。

・ミサトさんは私が知っているミサトさんのままだった。ごめん、気付けなくて。
あの時(旧劇)呼べなかった加持くんの名前を、あのとき繋げなかった加持リョウジの存在を繋いだ葛城ミサト。スイカの種は捨てたんじゃなく、碇シンジが葛城ミサトの存在を、加持さんの存在を加持リョウジ(息子)に伝えたと知っていたから手離せた。

・葛城ミサトと加持くん、碇ゲンドウと碇ユイ、対比にして作られてるのスゲ〜腹立つなと思った
碇ユイ(加持)は子を残して、後に続けるために去っていった。碇ゲンドウ(葛城ミサト)は自ら子に会わない選択肢を選んだ。二人の違いは、過去と未来のどちらを選んだか、なんだろうな。ミサトさんの「母さんこれしか残せなかった」て言葉でびしゃびしゃに泣いた。それ碇ユイがシンジに向けた言葉と同じじゃん。

・私、綾波レイは生の象徴、渚カヲルは死の象徴だと思ってるんですよ。「初号機(生の象徴=綾波レイ)パイロット碇シンジを、自分の手で終わらせた(エヴァを消した)」シンジくんは本当に死の象徴だね。
でもそこから一歩を踏み出せたのは、円環の先に進めるのは人間だからだね。
・ 渚カヲルが「僕はキミだ」て言ってたことで、シンジくんは死の象徴だったんだな〜〜てなんか納得した。だからアヤナミレイ(初期ロットちゃん)は「お前は綾波(生の象徴)だよ」てシンジくんに言われた直後に死んだんだなって。これは演出的にそうなったんだろうなって意味です。
・綾波レイ(生の象徴)がシンジくん(死の象徴)に惹かれて、シンジくんがレイを好きになるのは当たり前なんだよ。ふたつでひとつなんだから。でも、それは仕組まれた物語(こうあるべしと描かれたシナリオ)の中の設定で、シンジくんは人間だったからシナリオの外に歩き出すことができる。詰まるところ、設定の外側にある感情を抱くことができる。だから、シンジくんは「僕もキミが好きだったよ」ってアスカに言ったんだな。象徴とか、シナリオとか、そんなものはどうだっていい、僕は僕としてアスカを見てアスカを好きになった、って。なんて人間らしい感情なんだろう。旧劇では、浜辺で、「アスカ(惣流)がシンジのことを見てシンジを一人の人間として受け止め(気持ち悪い、てセリフで拒絶)した。」シンエヴァでは「シンジがアスカのことを見て一人の人間として受け止め(シナリオの外側にある、アスカを好きになると言う行動をした。受容)た」
っっっぱ人間讃歌じゃん………

・「大人になるって言うのはくっついたり離れたりしながら、居心地の良い距離感を探すってことよ」てのがここにもかかわってくるのか。
人と人とは近づきすぎると傷ついて、心の壁を作ってしまうものだけど、居心地の良い距離感ってその心の壁(ATフィールド)を生まないものね。

・エヴァの呪縛は、大人になれないことではなく、精神が成長しないことなんだろう。だとしたらヴィレの船員はずっとエヴァの呪縛に囚われていたんだね。
・「委員長、毎日同じでいいじゃない」って言っていた。トウジの妹が発砲したあとに、ピンク髪が「もういいよ、明日を生きることだけ考えようよ」て言ったのこれが成長だ。
第三村は、きちんと先に進んでいる人たちの集まりだ。あの子たちもエヴァの呪縛から解き放たれて先に進むことができたんだなって。明日を生きられるようになったんだなあってのを、脱出ポッドが第三村に落ちたところで感じました。

・生きる世界をあれだけ鮮烈に美しく描いて、辿り着けない、永遠にも似た果てしない絶望の果てに碇シンジはそこに辿り着いた。
自分の意思で見届けた。絶望も、諦めることも、立ち止まることも、自分を閉ざすこともしなかった。ATフィールドは自分を守る心の壁だ。碇シンジは受け入れた。受け入れて、立ち向かった。自分と向き合った。碇シンジはうつくしいよ。それは不完全な人間にしかできないことだ。人間讃歌だよ

・シンジとカヲルって同じモチーフを宿してるんすよ。円環の外側にいる存在、死の象徴(再生の象徴)、演じるもの、キーマン、みたいないろんなモチーフだけど、ほぼ同一と言っていい。マリとアスカで共通する部分が存在しないんですよね。神話的モチーフでもキャラクター的モチーフでも。そういう意味でも対比なんだなあって思ってしんどくなりました。だから二人は一緒にいられないし、二人で一つにはなれないんだね。シンジとカヲルにはなれなかった。

・ラストシーン、すごくよかった。旧劇場版(最後にアスカとシンジが横たわっているシーン)の踏襲を感じました。アダムとイヴ。母と子供。過去と未来。その対比としてマリとシンジが選ばれたんだろうな。第三の壁を越えられる存在(絵コンテになったり、実写になったりしていたところがそれを示している)として「マリ」「シンジ」が選ばれたのはとても理にかなっている。

・ラストシーンのカヲルとレイ、「かつてのゲンドウとユイ」だよね。今のゲンドウとユイはエヴァと共に沈んでしまったから会えないけれど、かつてそこにそう合った姿。ゲンドウが望んだたった一つの儚くて美しい記憶のリフレイン。ゲンドウのことまで救済しやがって、庵野クソクソクソ……。

・シンジくんを神様にするのかなって思ったんだけど、違った。シンジくんは確かに神様になったけど、神様じゃなかった。
神様って人からの信仰がなければ神様でいられないんですよ。みんなのお話を聞いて、みんなを呪縛から解き放っているときは「神様」だったけど、そこからみんなが解き放たれて、信仰する人がいなくなったからシンジくんは神様でなくて人になれた。人として先に進め(成長でき)た。

・誰も悪人を作らないってそんなことある?

・初めて観たルーブルは大したものじゃなかった、だってそれよりもあなたがここにいることが大切だったんだね。あなたと見た景色が大切だったんだろう。

・誰もなにも変わってない 変わってないけど成長したんだなぁって思いました

・ラストシーンの実写パート、エヴァの呪縛から解き放たれておまえたちも大人になれよってのを感じました。「吹いていった風の後を 追いかけた 眩しい午後」てOne Last Kissの最後のフレーズに重なるような視点でドローンが持ち上がって、視線が切り替わる演出がとても美しかった。

・シンエヴァは人類讃歌だった

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