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つきあいたい

「つきあってください!」

 作法通り右手を出して頭を下げる僕に

「よーしわかったさあこい!」

 そう答える先輩。うんまあわかっていたんだ多分こうなるんじゃないかってことは。

「いやそうじゃなくて」
「何が」

 制服のまま半身になって腰を落とし、突き合う満々で構える先輩は「自分から言い出したくせに」とでも言いたげな顔をしている。頭の後ろで高めに結んだ髪の毛が風に吹かれて揺れてもいるが、低く構えた姿勢はすらりと伸びた足のつま先から軽く握った両手、頭のてっぺんまで微動だにしない。

「先輩のことが好きなんです」
 一応説明してみるが
「ま、そうじゃないかと思ってはいた」

 構えを解かずに言う先輩。そうだ、そのうえで平気でこういうことをするんだこの人は。この人─先輩─高嶺さくらさん、は、そういう人だった。世界的な流行病の影響で実施された臨時休校を終えての新学期、先輩はすでに誕生日を迎えて18歳のはずだ。

「お気持ちだけありがたく受け取っておきます。だけど、現時点であなたとそういう関係になることは考えられません。ごめんね」

 もちろんそう言われることも承知の上だ。

「何でですか!先輩のためなら何でもします!」
「なんでって言われてもなあ……お願いしても無理なものは無理だろうし……」

  ふと、思いついたことが口に出てしまう。

「もしかして先輩、男性に興味が無いとか実は同性に…」
「全然興味ないわけじゃないんだけどね男女のお付き合いとかそっち系」
「だったらなんで!」

 なおも食い下がる僕に、先輩は言った。

「だって、弱いじゃん。甲斐くん」

 ぐうの音も出ない。そりゃあ僕は間違いなく先輩よりも弱い。しかし、この学校いや外にだって、先輩より強い人間なんてそうはいないだろう。先輩は、とにかく強い。少なくとも同世代では誰も相手にならない。なにしろ先輩ときたら、入学三日で全校をシメたとかいやシメたのは県内の全高校だとか、吉田沙保里の生まれ変わりだとか……あくまで噂だが。吉田沙保里って先輩が生まれたときはまだ生きてたはずだし。

 冗談はともかく先輩が強いのは本当の話で、前回出場した大会では慣れない寸止めルールだったことが災いし、勢い余って相手をKOしてしまったために優勝を逃したほどだ。

 対して僕の方は、早生まれということもあって同学年の中でも体格に劣り、高校入学を気に体を鍛えようと空手部に入部、幸い良き先輩に恵まれ稽古に励んだ甲斐もあって地方大会で勝ったり負けたりしている。相手が勝ったり僕が負けたり。それでも、いつかはきっと……

「何でもしますって言うなら、まずは強くなってからね。私よりも」
「絶対強くなります!先輩より!」
「ま、期待はしないで待ってます。じゃあまず一本!」
「お願いします!」

このあと先輩と僕は、(主に先輩が)心行くまでつきあった。



第一稿





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