氷河期世代と言われる自分と、さだまさしさんの「戦友会」

さだまさしさんのアルバムの中にある曲で「戦友会」という歌があります。

この歌を聞いたのは、ちょうど収録されている「家族の肖像」というアルバムをリアルタイムで購入していた頃なので、自分が高校生くらいでした。
ただ、初めて聞いた頃から妙に引っかかりを覚えた曲です。

さださんよりも一世代下の自分は、当然、親が戦友会というものに行ったわけでもなく、祖父も戦争に直接縁がなかったため「戦友会」というものの存在は、この歌で初めて認知したものだったりします。
でも、曲名であったり、歌詞を読めば、どういう集まりかはわかりますね。

櫛の歯が欠けるように 仲間が減ってゆく
戦友会に出掛けた夜 おやじが呟いた
学舎でなく古の戦の友が集う
年に一度の 思えばなんて儚い祭りだろう
誰もがいつか 年老いてゆくけれど
何とも俺達の風情は
他人に玉手箱 開けられてしまった
青春の浦島たちのようだ
生命懸けておまえ達を 守ったと言わせてやれ
それを正義と言うつもりはないが 時代と片付けたくもない

(2番は省略)

この歌を、先述の通り、高校生の頃聞いたときには、戦争・戦友という言葉は、自分にとっては、それは「概念」でしかありませんでした。もちろん、大なり小なり、受験を控えていましたが、別に命を取られる戦争と比べるべくもありません。それはその頃は仕方ないことだと思います。

ただこの歌が、その頃から30年たった今頃になって、時折、風呂に浸かりながら歌っている自分がいたりもします。別に戦場に行ったりしたわけでもないのですが。。。

私は年齢的には、2000年前後に社会に出た、いわゆる就職時に氷河期と言われた世代にあたります。時代を経て、ロスジェネと言われたり、失われた10年が20年になり、このままだと30年になるのも、あながち冗談じゃないな、という気もしてきます。

もちろん、そういう括りで、自分たちが就職氷河期世代と、カテゴライズされるのは仕方ないと思っているのですが、実際のところ、30年も経った今、思い通りの人生にならなかったことについて「氷河期だから」というのは、少なくとも、自分の口から言いたくないし、言うべきではないのではないか、と感じているのですね。

「戦友会」の話に戻りますが、戦友会に出てくる人たちは、終戦からの日本の立ち上げに尽力した人が多くいます。それは、焼け野原からのスタートだったので、逆に言えば、目の前にはっきりと焼け野原が見えていたから、立ち直らせることができたのではないか、と。

過ぎてしまった歴史を戻ることはできませんが、今、氷河期世代と言われる自分たちも、20年前・30年前の社会に出たときは、終戦後の焼け野原に近い状態だったのではないか?と考えたりするんですね。
ただ、見た目の社会は変化はしていなかったので、大人も、もちろん社会に出てすぐの自分たちも、認識できていなかった。今のような色々なものがデジタル化していくのに遅れてしまったのも、まさしく、昭和20年代のような日本だと、すんなりそれに乗れたのも、なまじ「バブルの残照」が残ってしまったために、没落に気づくのが遅れてしまった。

だから、自分自身の反省の意味もあるのですが、まさしく歌詞の如く、たしかに氷河期世代は、自分たち自身とは違うところで、翻弄されたのかもしれません。

しかし、もう30年も経ってしまったら、社会の経済活動の主役を構成しているのは、徐々に自分たちの世代になりつつあります。他者からのレッテル貼りで「氷河期世代」と言われるのはともかく、その言葉に、その世代自身がしがみつくのは、やはり情けないという気持ちにもなります。
歌詞の中にあるとおり、せめて「そういう時代と片付けたくもない」という矜持くらいはもって、日々暮らしていきたいものです。

最近は、そんな考えで、この歌を聴くことが多くなってきました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?