マイム ハイーム
アビガエルと話していた時に、マイムハイムの話しになりました。日本語では”いのちの水”と約されています。私のいのちの水のイメージは、心の乾きが満たされて魂の力を得るというものでした。
しかし、彼女が言うには、マイムハイムは、生きている水であり、動きがある水、流水のことである、ということでした。その反対は沼地のような流れが無い水で、それは立っている水と表現したり、海の水のように、飲むことができない水を示すそうです。
流水であれば、雑菌がないので飲めます。加えて、マイムハイムは罪をきよめるために使われる水で、流れていないと、罪がその水に残ってしまうというイメージからだそうです。現在は技術によって変わりましたが、以前は水の確保はイスラエルでは死活問題でした。ですから、水に対する必要の意識が日本人とは全然違います。
原文で、マイムハイムと書かれている聖書箇所を拾ってみました。
新約では、このように書かれています。
私は、アビガエルからの説明を受けて、マイムハイムのイメージが、人の魂を生かし活力を与える、だけでなく、それ以上に、「きよめの水」、というイメージが加わりました。イエス様を信じることで、いつも自分の心にきよめの水が湧き上がり、そこで心を癒やし、新しい力を与えるということなのですね。いかに、きよめられることが、大事なのか、ということを知りました。
マイムハイムについて、他のユダヤ人に聞いたところ、イスラエルでは水は本当に貴重なもので、きよめの水も、探さなければ見つけることができないということです。だから、私達がじぶんをきよめるために、礼拝に来るために犠牲を払ったり、祈ったり、御言葉の研究をするのは、不可欠なことなのだと思い知らされました。きよめられるためには、努力が必要なのです。
冒頭の写真はエルサレムの中心地ナハラオートにある宗教的ユダヤ人の集合住宅内の流水入れた水溜めです。新しいものを買った時に清めのために浸すそうです。「浸した時の祈りの言葉は上記ですが、祈りを言い忘れても、そのきよめは有効です。」と正面の解説書に書いてありました。面白いですね。
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