『らせん階段一代記』評

 昼休み。西荻窪駅前の富士そばにいる。だいたい行く。安くて満足できるからだ。先日読みかけの『らせん階段一代記』を持参して、お蕎麦をいただいた。富士そば創業社長、丹道夫氏の自伝だ。その書影画像に「富士そばなう」と添えてツイートしたら、富士そば公式アカウントに「いいね」をされた。
 丹氏についてはずっと前から気になってはいた。私は一年と少し前から西荻勤務になり、そのまえは吉祥寺に16年くらい通勤していた。で、そのころも富士そばにはよく行っていた。店内に演歌歌手のポスターが貼ってあって、作詞を丹氏が手掛けていることが示されていた。かなり独特な社長なんだろうなあ、とおもわれた。
 その独特ぶりについて、自伝をひもとくことでけっこうわかってきたようにもおもうし、なんだかつかみそこなってるような気もする。この本を読んでる人がどのくらいいるかわからないけど、感想、意見を伺いたい気持ちでいっぱいだ。実に不思議な書きぶりで、半生が綴られているから。
 四国出身の丹氏。若かりしころには、それなりの苦労をされてる。たいへんだったろうなあ、とおもわすに充分な境遇だ。だけどどこか他人事みたいに自らを含んだ世界を俯瞰したような視点で淡々と綴る。夢を抱いて、上京するも幾度かの挫折を繰り返し、行ったり来たりする。
 その合間合間にさまざまな、いわゆる「ラッキースケベ」体験が挿入されるのが、この本を超ユニークなものにしている。「ほとんど裸みたいな恰好」といった表現が複数回登場する。夜這いのエピソードとか、ちょっとした覗き見まがいの行為も描写される。それらもなんだか「こういうことがありました」と読者に淡々と報告される。他意がないのである。
 あてがない、あてを見失ったかのような上京の際に偶然居合わせた女子大生が親切に手を差しのべてくれるところもかなり可笑しい。困ったらここに電話してください、と番号をおしえてもらう。ほどなくして丹氏は困ったことになるので、そのメモをおもいおこす。本当に電話なんかしちゃっていんだろうか?とすごく逡巡する。若い女性が見ず知らずの自分によく番号おしえたもんだ、とか。結局電話はしないのだけれど、しちゃったらどうなってたんだろう、と静かに悶々とする姿がとてもリアルだ。
 そんなこんなの立志篇みたいなパートから、後半ふってわいたように大出世篇に移行する。世界をまたにかけて、まだまだスケベ体験が止まらない!その味わい、なんかを読んだ際のものに似ているなあ、とかんがえて思い当たる。大山倍達の『世界ケンカ旅』だ!!

初出:『どくヤン!読書ヤンキー血風録』特典カード

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