角川春樹さんのこと

 敬愛を込めて、春樹さんとよばせてください。春樹さんの名前を最初に心に留めたのは、映画「天と地と」の監督としてでした。親に連れられて有楽町の映画館に足を運んだと記憶してます。派手なテレビCMで煽られるように子供の手を引いたのかもしれません。ぼんやりしたサッカー少年だった自分には、合戦シーンのインパクトのみが長く印象に残ったのでした。春樹さんが世間の耳目を集めることになったときにも、あの映画の監督たいへんなことになっちゃったなあ、と漠然とした反応でした。
 そのような次第で私が春樹さんへの敬愛を強く抱くようになるのは、だいぶ先。書店に勤めるようになってからのこと。2005年。そのころまだアルバイトスタッフだった私は衝撃的な二冊の本との出会いを果たします。春樹さんの句集『JAPAN』と『わが闘争』です。
とにかく不勉強で、春樹さんが俳人であることことも知らず、なんで角川春樹が句集を!?珍妙な本が出たものだとしげしげ眺めてぱらぱら読んだらぶっとんだ。俳句はお行儀が良くて、静かに淡々と日常をスケッチするものだと思い込んでましたから、魂の一行詩の世界は衝撃そのものでした。この出会いは私の読書傾向にかなりの変化をもたらしたのです。定型詩は小説を凌駕する過激な表現なのではないか。様々な詩を読むようになり、たまに実作を試み(ド下手ですが)最近は尾崎放哉のような定型から逸脱していくものにも魅かれるようになりました。春樹さんのおかげで(不遜ですが)成熟した読書家になったのです。
決定的だったのが『わが闘争』。カバーでの甲冑スタイルも凄いし、タイトルの鬼気迫るふざけ方、内容は言わずもがな…。中島みゆきは、戦う者を戦わない奴が笑う、と歌いました。春樹さんはもちろん戦い抜く人であり、それをときに笑う輩もいる。そいつらに眉をひそめる我々をしり目に当の春樹さんは、むしろ笑かせにかかっている部分がある。
この本で語られるのは「復讐」です。春樹さんの「復讐」というのは相手を落とすことではなく、徹底的に自分が高みにいくことによってのみ成し遂げられる。みんなが春樹さんに惚れるのはそこだ。ファイティングポーズをとるその瞳には必ずニヤリといたずらな光が宿っている。
今、書店の現場は本当にきびしい。少ない人員で売り場をまわしているなか、先日万引き被害にあった。犯人の当たりはついておらず暗い気持ちになる。逆境だ。こんなとき春樹さんならどうするだろう、と考える。答えはすぐに出る。こちらがうなだれたら負け、勝ちにいくなら攻める。単純なことだ。
書店員にとっての「攻め」の一つがフェアを仕掛けること。私はそれを得意にしているし今までそれなりの実績をあげてきたと自負している。春樹さん、実はこんな企画を温めてるんですよ。角川春樹の仕事を一望しつつ、各界の「不良」たちの著作を配したブックフェア。題して【角川春樹という生き方「生涯不良」の哲学】。

初出:ランティエ


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