「ゼロから始める都市型狩猟採集生活」

 生活をデザインする。より良い暮らしのために北欧家具をイケアで揃える人。ツリーハウスや藤森建築に憧れる人。最近の人気では、平屋の家にこだわり抜くフラットハウス派の方も多い。そのあたりの本を書店では、だいたいクウネルや、天然生活の近くに置いていることでしょう。だれもが少なからず「住まう」という行為に美学を持っているはずです。美学を全うするのに、どうしても必要になってくるのはけっこうな額のお金です。それがいかんともしがたい事実です。
 そういった人達の眼中には決して入ることのない都市の盲点に0円ハウスの存在があります。路上生活の方々が河岸などにブルーシートなどの廃材を利用して建てる究極のモバイル住居。早くからその機能性、先進性、言えば美学に着目し写真集の出版までしていたのが78年生まれの建築家、坂口恭平さんです。
 彼の新著「ゼロから始める都市型狩猟採集生活」を読んでみましょう。導入は、無職無一文、着の身着のままの身一つで都市におっぽり出された状況をシュミレーションしながらすすみます。路上生活者への丹念な取材、調査から見えてくるのは、「わりと快適に生活できる」ということです。都市において衣服、食べ物に困ることはない。過剰に生産され過剰に廃棄される社会なのでさもありなんです。そういった余剰の恵みを坂口さんは「都市の幸」と命名して、積極的な採集を肯定します。それが「都市型狩猟採集生活」
 ダンボールハウス、竹を柱にしたブルーシートの家、カセットコンロで湯を沸かしクリアボックスにつかる風呂、12Vソーラーパネルの自家発電、雨水再利用システムなど様々な事例が紹介されます。その極みとして登場する代々木公園のおじさんが凄い。現代の禅僧とでも言うべき方なのですがどんななのかは、読んでのお楽しみにしましょうか。
 ここまで読んだ方は本書が書店のどの棚に並ぶとおもわれるだろう?妥当なところではサブカル書であり、当店でもその扱いではあります。しがしながら示唆されている問題は、現代の社会システムへの疑問であり、労働の意味と意義を問いかける内容です。さらには、冒頭に挙げたクウネル的な価値観での環境へのアプローチを反転させて、環境と人が本当に豊かさを享受し合える関係を摸索したアクロバティックな一冊なのです。
 よって、人文書の社会学の棚にもほしいし、環境問題を扱う棚にも差しておきたい。多少の皮肉を込めて、クウネルの隣に積んで個性を出してもいい。といろいろと置き場で遊べる本だけれども最もビシっとキマるのはズバリ、自己啓発書。そこで労働への意欲が薄れがちな若い人、いわゆるニートやひきこもりの方が手にすることにより何かを感じてほしい。
 自分も誤解していたことなんだけど「都市の幸」で生きている人たちは決して自堕落なわけではないのだ。彼等はきちんと自分を律して、必要に足る分のお金を稼ぎ、自分だけの生活をデザインしている。ゆるいコミュニティの中で情報をやりとりし、独自の生業を立ち上げている人もいる。彼等は落伍者ではない。
 なんらかの事情で実際に無職無一文になってもなんとかなるから安心していいよ。という話ではない。「都市型狩猟採集生活」をセーフティネットのようなものだと捉えてもいいのかもしれないけど、本質はそこではない。本当に自分らしい働き方、納得のいく労働とその対価を見つめることで生き方が変わってくるかもしれない。本書はそのヒントを提示しているのだ。
ぼくは書店に勤めその対価で、アパートを間借りして生活をしている。今のところそれが自分の「都市型狩猟採集生活」なのだ。

初出:WEB本の雑誌(横丁カフェ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?