『音読教室』評

 言葉を伝え、他者に渡す行為は人間たちをつないでくれる。その内容に関する興味は尽きることなく、様々な意見がとびかいます。でもその手段としての声を放ち、届けることに関してはどうでしょうか。音読の技法といったものは、一般に向けてあまり伝達されてこなかったかもしれません。
 そのような意味で画期的なのがアナウンサーの堀井美香さんによる『音読教室』という本です。「ごんぎつね」「蜘蛛の糸」「雨ニモマケズ」の三作をテキストにして、朗読をするうえでの具体的な勘所が示されます。どんな作品も読者がそれぞれに受け取り、読み解くのと同じく、音読するうえでの解釈も開かれたものであるはずです。そのことを強調したうえで、堀井さんは自身の見解を示していきます。
 三つの作品が音読を前提にして吟味されることで、様々な表情を見せることに新鮮な驚きを得ることができるとおもいます。あまりにもおなじみな作品でいまさら検討しようがないような気がしてしまうんですが、音読目線を持ってみると違った掘り下げが可能になるんですね。
 「ごんぎつね」において新美南吉が巧みに視点を切り替えて読者を揺さぶっていることが指摘されます。そしてクライマックスの盛り上げ方に関する「新美南吉が、優しいのか残酷なのかわからなくなります」という率直な物言いは実に腑に落ちます。すごく余談ですが私は小学校六年生のときに兵十をやりました。学芸会の出し物が「ごんぎつね」の影絵劇でして、声の出演を果たしたのですね。国語の授業でやらされる音読には賛否あるようですが、私は大好きでとても気合を入れて読む生徒でした。その後いろいろとこじらせてしまい、高校を出たあとにアナウンスの専門学校で声優科に在籍して中退します。で、「ごんぎつね」には思い入れ、ならびに一家言ある、ということです。そんな私にとっては懐かしい思い出とともにある「ごんぎつね」に最良な形で再会できたような読書になりました。影絵劇では涙ぐむ低学年児がいたり、父兄にも好評だったんですけど、私の熱演というよりも新美南吉のスキルが大きかったのだな、と感じ入った次第です。
 この本は堀井さんのプロフェッショナルとしての熱量がとにかく圧巻なんですね。さりげなく巻末に配された「蜘蛛の糸」の朗読原稿を見れば一目瞭然です。それらをチャーミングにパッケージングした編集の妙にも打たれました。
 本を読みおえたら、三作品を音読してみてください。違った世界が開けるかもしれませんので。

初出:カンゼン公式note

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