箱根本箱

夜に活字は本を抜け
自由気ままに散歩する
部屋から部屋へ
お風呂場へ
お食事している奴もいる
朝まであそぶ活字たち
読者が起きたら
さあ帰ろう
おはよう
読者
こどもたち
パーティーみたいに毎日を
彩る作戦
会議中

 心配はご無用なのだが、肺炎になった。「無茶できる若さ」と「もう年なんだし」の間には、長い中間領域があるとおもってたんだけど、そんなものなくて、つい先日まで無茶できる若さがあり、実際に無茶して平気だったんだけど、今はもう無理な感じなのだ。

 さて、今回はホットな話題をあつあつのままお届けしたい。つい先日、訪問してたいへん感銘を受けたスポットのルポルタージュだ。出版関係者であれば、ああ、あそこに行ってきたのね!と感じていただけるであろう場所、箱根本箱です。
 簡単に説明したい。箱根本箱は箱根、強羅にあるブックホテル。新刊、古書、洋書合わせて1.2万冊の本をテーマごとに分類した書棚をようしている。インテリアとしての本ではなく、「買える」ところがポイントで書店の機能を有している。
 ロマンスカーで箱根湯本、登山鉄道と乗り継ぎ、チェックインの前に彫刻の森美術館で遊んだ。こどもが喜ぶ遊具があちこちにあり、はしゃいでいた。もずくはピカソを知っている。ピカソ館の前で指を差し「ぴかそ!」と言う。じゃあ、入ろうか、と手をとると「いかない!」と拒否。すごすご館をスルーして、別の遊具を一通り楽しみ美術館をあとにし、タクシーにて箱根本箱に到着する。
 スタッフの方があたたかくむかえてくださる。エントランスに背の高い書棚、梯子の用意があり、ぐるり本にかこまれて、もうテンションがあがる。   
 妻がチェックイン手続きしてるあいだに、しげしげと眺める。自分の職場の棚とは様相がまるで違う。どちらが良いも悪いもないけど、この棚を自分がまかされたら何が出来るかな、と想像を巡らす。新刊の販売を至上命題とし、一年間動きのない本は、返本検討となるスタイルとは全く違う世界がひろがっているなあ、と感じる。
 案内していただいた部屋。デッキに湯気の立つ木桶のお風呂があり、ハンモックが下がっていることに目をひかれる。片隅の小さな本棚に「これは!」となる。石川直樹さんが選んだ本が並んでいる。一冊ごとのコメントを読める冊子が添えられている。それぞれの部屋にこうしていろんな方の選書棚がしつらえてあるのだろう。こちらとしては、石川さんを独占しているようで、高揚するが俄然他も見てまわりたい気持ちがある。すいません、部屋見せてもらえませんか?とノックしてまわったら嫌がられるだろう。しまい。
 ガストロノミー。という言葉をこのとろこ気にしている。美食文化だ。雑誌のスイッチが少し前の号で東京のフードカルチャーを特集した。このジャンルきてるな、と感じている。箱根本箱のディナー、そうした興味を満たしてくれたうえで、めちゃめちゃ愉しんだ!とにかく一品一品趣向を凝らしたメニューが全ておいしかった。食を語るボキャブラリーがないので、味について伝えられることはそれだけだ。カルチャーは食器に顕現するな、ともおもった。清潔そうな流木とか石とかに料理が美しくならんでいる様に「これぞガストロノミー!」と喝采した。が、二歳児にガストロノミーは相容れない。そもそも間隔のある配膳に向かず、飽きてさわぐ。大人はそれをどうにかこうにかしながらのガストロノミーだったわけだ。
 妻ともずくは部屋のお風呂を用い、自分は温泉、大浴場を堪能した。それにしてもさいきんのもずくは「ママがいい!」となんでも妻に世話をさせようとする。私がなにかしようとすると拒否される。ので負担が偏っている。わるいなあ、とおもいつつラッキーだな、ともおもっている。
 で大浴場だ。入口付近の棚には、ボディケアの本がならんでいる。そこに限らないことだが、ジャンルで区切りを設けていても、そこからはみ出すような意外性のある本が必ず目にとまる。違和感と紙一重の意外感を保つ冷静さがこのブックホテルにおける書棚作りの肝なのかもしれない。
 脱衣所に角川春樹みたいなおじいさんがいた。私は角川春樹という人物に多大な興味を持っているのだが、本稿でふれる話ではない。遅い時間だったせいか貸し切り状態で、ずいぶん贅沢な入浴になった。露天もあり、いそいそと野外へ。タクシーの運転手さんも言ってたが、急激な冷え込みの箱根だ。しかも私は肺炎がち。何をしておるのか自分は、とおもうが露天に風呂があったなら入らずにいられない。
 ホテル内、あちこちに棚があり、靴を脱いでちょっと寝っ転がれるスペースや、向かい合って座れるところが隠し部屋のように小さく配置されていて、宿泊客たちは、かなりリラックスして本をたのしんでいる。探索の余地がまだまだたくさんありそうなホテルだったけど、二歳児もいることだし、部屋で過ごすことにする。
 話は変わるが、ダパンプ、イッサの再ブレイクが目覚ましい。「USA」という曲がださかっこいいと評判だ。保育園でも流行っているらしく、「かもんべいび~」ともずくが歌いだした。家庭ではテレビがなく、動画を見せる習慣もないので、ともだちのマネをしているのだろう。部屋にタブレットがあったので、検索して動画を初めて鑑賞した。こんな活き活きしたイッサに出会いなおせるなんて…。しばし感動した。もずくがベッドでとびはねている。妻がイッサは同世代より後輩と組んだほうがいいんだ、十歳上の先輩がだらしなくてもみんな気にしない、と私見を述べていた。イッサがだらしないこと前提・・・。
 翌朝、フロントに三人分の本を置いてお会計してもらったら三万を越えていた。まことおそろしきブックホテルと言わざるを得ない。私が選んだ本を列記しておく。

アンディゴールズワージーの作品集(洋書)
河合隼雄『大人の友情』朝日文庫(建築書棚にある妙に魅かれて)
リトルモアの雑誌「真夜中」のバックナンバー。特集は「からだ」(大浴場前のボディメンテナンス関連棚より)
藤森照信『フジモリ式建築入門』ちくまプリマー新書
アルキテクト編『好きなことはやらずにはいられない 吉阪隆正との対話』建築技術

 私の日常には本があふれかえっている。そのせいか旅先のブックホテル滞在という非日常空間において、タブレットで「USA」の動画鑑賞をした記憶がキラリと印象に残る。そいで帰宅してからもずくに「箱根なにがおもしろかった?」ときいたら、「どーぶつえん!」とこたえた。行ってねーけどな。

 
 


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