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川は流れ、砂埃は吹きすぎてゆき

ウクライナと国境を接するポーランド、ルーマニア。そして、ルーマニアと国境を接するセルビア。敬意をもって、欧州の複雑な歴史と文化を学ぶこと。平和はそこから始まるものと信じます。

『シンボルスカの引き出し ポーランド文化と文学の話』

つかだみちこ 著『シンボルスカの引き出し ポーランド文化と文学の話』(港の人|2017年11月刊)。若槻三千代さんによる美しい絵画が表紙に配された美しい紙の本です。

『シンボルスカの引き出し ポーランド文化と文学の話』

ポーランドの詩人、ヴィスワヴァ・シンボルスカ(1923-2012)。1996年、ノーベル文学賞受賞。『シンボルスカ詩集』(土曜美術社出版販売)など多数の訳業をもつ翻訳家であり作家であるつかだみちこさんがシンボルスカの詩とともにポーランドの文化と文学を案内してくださる本です。

控えめな文体で、しかしながら煌々と人間のありようを照らしだすシンボルスカの詩といえば「一目惚れ」が有名ですが「懇願」も素晴らしいもの。ポーランド=ポルスカの語源である「ポーレ」は「野原」を意味することば。「砂埃がところ狭しと吹きすぎてゆく大草原(「懇願」)」に引かれた国境線よ。

『優しい地獄』

イリナ・グリゴレ 著『優しい地獄』(亜紀書房|2022年7月刊行)。ルーマニアから留学生として来日され、現在は人類学者として弘前に暮らすイリナ・グリゴレさんが日本語で書かれた自伝的エッセイ。こんなにのびやかな日本語の文章を読んだことがありません。

『優しい地獄』

日本語を通じて自由自在に広がる思考。紫式部に関する論考も実にのびやか。人間の「あたりまえ」の暮らしは人間が築いてきたもので、時と場所が異なればおのずと変わるもの。変わらないと思えるものも、やがて変わっていく。変えていける。自由をめぐる人類学の本。

『ドナウ、小さな水の旅 ベオグラード発』

山崎佳代子 著『ドナウ、小さな水の旅 ベオグラード発』(左右社|2022年12月刊行)。

1981年からセルビアの首都・ベオグラードに暮らす詩人・山崎佳代子さんによる最新エッセイ集です。2010年の秋から2022年の夏までに綴られた、ドナウ河をめぐる小さな水の旅の記録。美しい写真は山崎萌さんによるものです。

『ドナウ、小さな水の旅 ベオグラード発』

ドナウ河は、ヨーロッパで2番目に長い川。ドイツ南部に端を発し、セルビアを経て、ルーマニアに至ります。最下流では幾つかの分流に分かれ、最北のキリア分流はルーマニア・ウクライナ国境となっています。これらの分流はいずれも黒海へと流れ込んでいきます。

セルビアの首都・ベオグラードでは、ドナウ河と、スロベニアから流れてくるサバ川が合流します。合流地点にはベオグラード要塞(カレメグダン)があり、眼前には「大戦争島」と名付けられた中洲の大きな島があります。幾多もの戦争の舞台となった土地です。

大きな河も、源流を辿ってゆけば、いくつもの小さな水の流れに遡ってゆくことができます。本書は、詩人・山崎佳代子さんが、小さな水の流れを辿り、それぞれの土地の小さな声を拾いながら紡ぎあげたエッセイ集です。

「ドイツ」「セルビア」「ウクライナ」「ロシア」そして「日本」。大きな言葉で何かを語ろうとするとき、その言葉に含まれる、また、その言葉から滲み出ようとする、幾つもの小さく淡い声は、単一色に塗りあげられて、無視されてしまうものです。小さな水の旅をし続けたい、と願うあなたへ。

『動物会議』

エーリヒ・ケストナー 著/ヴァルター・トリアー 絵/池田香代子 訳『動物会議』(岩波書店 刊)。

戦車の名前が淡々と報じられる時代。メディアは、戦争に賛成するわけでも反対するわけでもなく、ただ淡々と「起きていること」をニュースとして流していく。誰しもが戦争の当事者であるという自覚を持たぬまま、じわじわと戦争濃度が高まってゆく。戦争はそんなふうにしてやがて「日常」になってゆく。

歴史を振り返ればどんな戦争だってみんな新しい顔をしていて、それが戦争だったと気づくのは、だいぶ後になってからのことなのだ。

責任感という仮面をかぶった面子(メンツ)とプライド、そして書類の山(もはや時代に即していない決まりごとの数々)が、システマチックな機械的意思として、静かに、世を戦争へと導いていきます。戦争へと向かわせないための断固たる国際合意形成はどうしたら実現できるのでしょうか。

第二次世界大戦終結後の1949年に世に出た絵本『動物会議』(ドイツ語の原題"DIE KONFERENZ DER TIERE")は、そのテーマに、ユーモラスに、しかし猛烈な勢いでもって、答えを提示します。ーーー 子どもたちのために!

『動物会議』

夢物語じゃないかって? 諦めること、よくないことをそのままにしてだらだら続けてしまうこと、それをやめよう、ただそれだけのことなんですから、決して夢物語なんかじゃないんです。『動物会議』(岩波書店 刊)を読んだら、きっと、わかります。

こちらの大判絵本(税込わずか2,750円)なら、トリアーの素晴らしい絵の数々がカラーで大きく楽しめます。一枚一枚の絵からたくさんのことを学ぶことができます。岩波書店さんらしいしっかりした造本です。

川は流れ、砂埃は吹きすぎてゆき

ウクライナの中央には、首都・キーウから、南部・ヘルソンにかけて、ドニエプル川が流れています。現在もドニエプル川が最前線となって両岸に分かれて対峙している状況にあると言われています。ここは、1943年の独ソ戦・ドニエプル川の戦いが行われた場所でもあります。川にかけられていたアントノフスキー橋は、いま、落ちてしまっていると言われています。川の流れは、国境を越えていきます。歴史を学び、文化を知り、互いに敬意を払うこと。それぞれが生きていくために必要な経済の道筋を整えること。それ以外に停戦への道はないように思います。

(了)

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